スポンサーサイト 

  • [--/--/-- --:--]

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

深夜というのにシコシコと原稿を書いてます 

  • [2015/09/18 03:39]

昨年ぐらいから始まったのだが、AVSさんでちょくちょく淫語ビデオのお仕事をしております。
明日(というか日付はすでに変わって今日)が撮影日なのだが、まだまだ台本というか淫語原稿ができてなくて、徹夜で臨むことになりそう。
まあ、しゃーない。

ちなみに女優さんは初美沙希ちゃん。実ははじめてちゃんと挨拶をする。

さっきまで彼女が出演した琢斗監督の「淫語中出しソープ」を観ながら、台詞抜きをしておった。
iPhoneで動画購入して鑑賞。昔は「スマホでAVを観るなんて!」 とちょっと思っていたところがあるけど、今ではスマホで一般動画を見ることなんてざらになってきた。AVだってスマホで十分だわ。これからはスマホを意識した動画作りをしていかんといかんと思いますよ。

と、あれほど「書けん、書けん」と思っていたブログも、いったん書き出してしまえば書くことはいろいろ思い浮かんでくるもんだね。
やはり書こうとしないといかんね。
これからは140文字ぐらいしか書くことがなくてもTwitterじゃなくてブログに書くようにするか。
最近、自分の文章がさび付いてしまっていることを痛感する出来事があったので、リハビリがてら書いていくことにする。
もともとブログって日記なわけで、何書いてもいいのである。

そうだ。明日は猫町倶楽部で提出した『歩道橋の魔術師』の書評をそのまんま載せてしまうか。

今は、3:40。
そんなこんなで原稿書きに戻るとする。

新しい武器を手に入れた 

  • [2013/08/08 00:58]

カメラを買った。
Panasonicのコンパクトデジタルカメラ。LUMIXのLX7。

4984824964846-r1.jpg

現場スチールでも十分使えるカメラということで買った。
決め手は「コンパクトかつ明るいレンズ」というところ。もちろん値段も折り合える価格でないとダメなのだが、昨年の夏に発売されたこともあって¥55,000ぐらいで売られていたこのカメラも今では3万ちょっとと2万ぐらい安くなっている。

なぜ明るいレンズにこだわったかというと、比較的暗い室内で撮ることが多いと思ったからなのだが、これが予想外に活躍している。

たとえばこの間撮った真咲さんの写真。

真咲南朋 アマゾネス

これなんかAV表紙の切り抜き用に撮ったのだが十分いけるでしょう?

ほかにも、作品に数量限定プレゼントに使うパンツの生写真。

P1030924.jpg

これはこの間撮った「レズれ!」の出演女優、北川エリカの着用パンツだが、撮影の合間などにこんなふうにして撮ったりしている。

女優面接時の資料用の写真。

P1010475.jpg

こちらは最近フリーになったばかりの小司あんちゃん。
彼女とはちょっといろいろ仕事をしていくことになるかも。

もちろん風景写真もいける。前回の記事での蓮の写真がそうだ。

P1000657.jpg

もっともこれを買った最大の理由は、緊縛写真を撮ろうと思ったからだ。
だから暗い室内でも十分写せるカメラがほしかった。1人で撮影するなら、片手でも撮れるコンパクトカメラ。接写が多いことも考えればミラーレスの一眼レフよりも高級コンデジの方が断然いい。

すでに仕事で使いはじめている。
素人SMサイトの裏葉月に行っていた頃は、緊縛写真を撮り始めるなんて思ってもみなかった。

もう一つ、このカメラなら淫語動画を作ることは可能なんだな。
動画もフルハイビジョンで撮れてしまうのだ。
そして、今の自分ならそれをやるのも不可能ではない。
どうせ自分の理想とする淫語AVを商業的に作るにはまだまだ道のりが長い。このままではできないかもしれない。
であれば、このカメラを使ってコツコツ淫語AV辞典なるものを作っていくこともできるんじゃないか。

頑張ろう。
とにかく頑張ろう。

因果をリセットする花 

  • [2013/08/04 13:05]

6月はマザーズのテコ入れとレズれ!の起ち上げで非常に忙しくて、なかなか家に帰れない日が続いた。家に帰ったとしても寝てはすぐに仕事場に向かうなんてことばかり。何かに急かされているような日々だった。

そうしたらあっという間に7月になっていた。
さすがに自分の中に妙な焦りが生まれてくる。追われるような仕事ばかりしていると感性のアンテナが一つ一つ死滅していくような気分になるのだ。

まだ結婚する前の話だ。
20代後半であった自分は仕事にのめり込みすぎて、やはり家にたどり着くのがやっとという日々が続いていた。仕事を覚えれば覚えるほど、膨大な作業をこなしていくような状況が続き、東芝ルポというワープロを持ち歩いて企画書やイベントの進行表を作り、拠点拠点で仕事をしていた。

あれは家から駅に向かう途中の公園を突っ切っていたときのことである。
テクテクと歩いていると眼に鮮やかな赤い色が入ってきた。よーく見るとサルビアの花である。なるほどと思って見ているとその横には色とりどりの花が咲いている。

軽いショックを受けた。
その公園の花壇に植えられていた花は、何も今日、咲いたわけでもないだろう。それなのに自分はまったく気づかずにいた。

思わず立ち止まり、天を仰ぐ。するとそこには空があった。白い墨で染め流したような雲。そして薄いブルーの天空はお陽様に照らされてまぶしかった。

心が死んでいると思った。下ばかり向いて歩いていると思った。
こんな自分はイヤだと思った。

無理矢理にでも本を読もう。小説や詩が心を蘇生させるんじゃないか。
できるだけ風景を見よう。綺麗なものは心に歓びをもたらす。

心に水やりは必要だ。

家から駅に向かう途中に蓮池がある。
実は毎年、ここで大賀ハスを見るのが楽しみなのだが、今年はまだいっぺんも見に行ってない。
会社に行く前に寄ってみようと思った。

P1000651.jpg

P1000652.jpg

蓮は古今東西、神聖な花としてとらえられてきた。
インドでは白蓮は太陽を現し、紅蓮は大地を現す。
大地は母でもある。インドの女神は紅蓮の花弁を持って描かれることが多い。
最高級の女性のことを蓮女と呼ぶこともある。
もちろん蓮は女性器のことだ。貝女、象女などという表現もある。いわずもがなだ。

蓮はまた仏教では因果を現す。蓮の花は、咲いたと同時にその果実をその花弁の中に宿している。因と果が同時に備わっている花として即身成仏を表象している。
あるいは因果をリセットし、あらたに仏因仏果の道筋をつける。カルマの転換を約束した花でもある。
現在と過去と未来がこの花には詰まっている。輪廻する時空を現す花、すなわち宇宙を現す花なのである。

「現在」は「過去」の積み重ねともいえる。すなわち現在がクソのような生活をしているのは、クソみたいな過去を送ってきたからかもしれない。
だが未来は現在の行動によって切り開かれる。過去がどうであろうと現在のこの一瞬一瞬で未来は築かれる。未来を作るのに過去は問わないのだ。

さらに仏教では過去も未来も結局は現在の一念の中にあるという。
現在が地獄ならば、過去にどんな栄光があったとしても、それがかえって地獄の因となることもあろう。
逆に現在が寂光土ならば、汚泥にまみれた過去も、現在の自分を作り上げるための、行動の軌跡とも言える。
未来もまた同じ。この瞬間瞬間の中に無限の可能性が秘められている。

昔は心臓が蓮の形をしていると思われていたフシもある。人間の当体は蓮なのである。

また蓮は癒やしの薬として昔から珍重されてきた。蓮は蘇生の花なのだ。
睡蓮までいれれば、蓮華にまつわる話は洋の東西をまたぎまだまだいっぱいある。

そうこうしているうちに八月になった。
八月になったらAVとは別の仕事の方も始動する。
そのためにももっと文章を書かねば。
仕合わせの因果は常に自分の掌中にある。惑うことすら序曲にすぎない。

きっかけはウィスパーボイスで淫語を言う女優さんだった 

  • [2013/04/06 14:59]

昨日、たまたま監督のビーバップみのると話す機会があったのだが、会うなり「淫語魔さん! どうしたんですかその格好は? なんかハデなのを着ているじゃないですか」と言われてしまった。
一瞬、戸惑って派手だと言われた自分の胸元をなで回す。オレンジ色のTシャツ、紺色のリンゴのデザインをプリントしたその柄は、確かに数年前の自分であればまず選ばなかったポップな服装だ。
急にこそばゆい気分になった。

「あのスーツ姿の淫語魔さんは、どこに行ってしまったんですか?」

そう、自分が最初、この業界の人たちと交流し始めたときは、ほぼスーツで出かけていった。二村さんや麻郎さんと最初に会ったのもそうだし、安田さんや遠藤さんと会ったのもそうだった。あまり記憶にはなかったが、みのるさんとの最初のときもスーツだったのかもしれない。

というよりも、その頃の自分はそんなにおしゃれな服を持っていなかった。そもそも私服にお金をかけるようなタイプではなく、特に独り身に戻ってからはよそ行きの私服など無いに等しかった。
それでもスーツだけは良いのを持っていた。いちおう大きな会社の営業職をやっていたので、ブルックスブラザースのバカ高い服を何着か持っていたのだ。

あれはもう3年前になるか、中村淳彦と会ったのもスーツ姿だった。
それは中村さんが、ある大物AV女優とインタビューする場でのことであった。
これは当人も言っていることだが、中村淳彦は売れている女優さんにそれほど関心のある人間ではない。特にインタビューする女優に関しては、できるだけその人の情報は入れないようにしているらしい。当然、作品も見ない。
当人の説明によれば、女優と距離を縮めることで共感してしまうのをなるべく避けたいということだが、自分は単に下調べすることが面倒だからなんじゃないかと疑ってもいる。

その時のインタビューイのAV女優さんは、当時ある意味、トップを取ったような超売れっ子女優で、当然ながら自分も彼女の作品は観ていた。彼女がとあるメーカーの専属を離れ、やや調子を落としている頃に、彼女のブログを見つけて妙なシンパシーをいだき、そこで更新される錯綜気味だが自分に正直な記事を読みながら、陰ながらエールを送っていたものだ。
やがてプレステージの人妻モノで大ブレークして、一気にトップ女優に登り詰めていく。その様は爽快ですらあった。

そんな彼女のインタビューの場になぜか中村さんから同席してくれと言われた。
いや正確に言うと、中村さんがその女優さんとのインタビュー仕事をほのめかしたときに、自分も同席したいと口走ってしまったからなのだが、それでもそんなことが通るはずもないだろうと、こちらも軽い気持ちで言ったにすぎない。それがなぜか、「それじゃー、明日、四ッ谷で」とか言われて、当日、仕事をなんとか切り上げて行くことになったのであった。

結果から先に言うと、自分は途中で帰されることになる。
当然だ。インタビューアの友だちだかなんだか知らないが、そんな軽い気持ちで、これから話すかもしれない立ち入った話を一般人の一ユーザーの前で話せというのだ。当然、当のその女優からはそんなことはありえないと拒否された。

「えー、あれぇー○○さん(淫語魔の本名)だったんですかぁー? えーーーー!!!」

今年に入って、その女優さんと仕事をすることになった。彼女はしばらく現役をお休みしていて今は写真を撮ったりしている。
そんな彼女に、女だけのスタッフで作る箱根一泊二日のレズ旅行の企画でのスチールカメラのオファーをした。
作品のスタッフは女性。しかも全員、AV女優。つまり完全に女優たちだけで作ったレズドキュメントである。
今月、発売される真咲南朋監督のレズ作品「密会 シークレット トリップ」がまさにそれだ。

密会

「でも、かなりの年配の人だったような覚えがありますよ」
「ああー、スーツを着ていたせいですかね? でも間違いなくあのとき、中村淳彦の横に居座っていたのは自分だったんですよ」

そんな告白に、彼女は困ったような恥ずかしそうな複雑な顔をしながらも目の奥はなんだか楽しそうだ。
こちらもやっとあの出来事を彼女に言えて感慨深かった。
あのとき、相当、気分を害してしまった女優は今では、ちゃんと自分の存在を認めた上で微笑みながら話しかけてくる。そしてそんな昔話を面白がって聞いてくれた。

「自分は、あのときのことが悔しくてね。所詮、こちらは一般人でしょ。咲ちゃんの反応は当たり前なのだけど、やっばりあっち側に行かないと女優さんとは、ちゃんと向き合えないんだなぁって思い知らされました。あのときのことがなければ、自分は今、こうしてここにいないと思いますよ。あれがまさに大きなきっかけの1つでした」

それまでの自分は正直、作り手の人とは会う気などまったくなかった。
そんなことをしたら自分の今やっている淫語レビューサイトのスタンスが妖しくなってしまう。
でも、あのときの寂しくうら悲しい気分が、業界の人とも会ってみようと思わせる気持ちにつながったのは間違いない。それからしばらくして二村さんと出会うこととなる。

そこから何年か経ち、マザーズの設立に参加し、スーツを脱ぎ、首にタオルを巻いてスウェットみたいな格好で現場に入り浸り、プロデューサーとなってからは女優さんとの面接が多くなり、ちょっとだけポップな格好をするようになった。
もちろん、この世界で自分のやりたいことはまだまだ先だ。今は遠回りだが、着実に自分のポジションを築いている最中である。

だがここにきて、自分はこちらばかりに居すぎていることも自覚している。
せっかく数年前からやり出したライター仕事もまったくできずにいる。
それを昨年の暮れに思いいたったとき、ものすごい焦燥感に見舞われた。
昔のように文章を書くことが楽しくてしょうがなかったあの頃に戻りたい。
確かに今までの仕事量では、淫語マニュアルは更新できず、ボヤキすら書くのは困難だ。だがいつまでもそれでいてはよくない。

大塚咲と仕事をしたあたりから、なんか行き着くところまで行ったような気がしてならなくなった。その頃、体調も崩してしまった。「いんごまさん、何かに取り憑かれているような顔をしていますよ」と何人かの人に言われた。
何が原因か、そんなことは自分がいちばんわかっている。

昨日、みのるさんからは「淫語魔さんも商業主義に絡め取られて、昔の淫語魔さんじゃなくなっているんじゃないですか」などといつものようにヘラヘラした口調で憎まれ口を叩かれた。
「それはみのるさん自身が悩んでいることだろう」とニヤニヤしながら返していたが、それでもあとからジワジワやってきた。
やっばり淫語魔の核となるところは持ち続けなきゃいかん。

ということで、しばらくボヤキは頑張って書いていくことにしますよ。
宣伝したいものや、とにかく言及したい人や話がいろいろあるからね。

テムポ正しく、握手をしませう。 

  • [2012/09/30 21:11]

吉祥寺 「いせや」にて

木蘭さんは「監督失格」って、観たことあります? …観てない? ああ、話は知ってる。ああ、そうですか。
えーと、自分はあの作品を4回ぐらい観てまして、一番最初は映画館で、あとはDVDを買って観たんです。もともと自分の過去とかぶるところがあるじゃないですか。最愛の女性を亡くしてしまった点では同じというか。
でも向こうは不倫なんですけどね。
木蘭さんも不倫はだめでしたっけ? ああそう。まぁそうですよね。

それで、とにかく最初はかなり警戒して観てたんです。
その時の感想は、自分のブログにも書いてまして、このまえ、あらためて読み返してみて、まぁこうだったよなぁって思ったり。みんな騒ぎすぎっていうか。

ただ一点、どうも今ひとつピンと来ないところがあったんです。
作品の最後の方で平野さんが言うんですよね。「オレは由美香にさよならを言いたくないんだ」って。
それがどうも理解できなくって。
だって忘れる必要なんかないじゃないですか、自分が好きだった人なんですよ。そのまま彼女の思い出とともに生きていけばいいでしょ。もうすでに自分の一部と化していて、日常の中に組み込まれているはずです。
「なんで、ずっとのたうち回ってんだよ」って。「どこまでセンチメンタリストなのよ」って思っちゃったわけです。
2回目も、3回目もDVDで観たんですけど、やはりその印象は変わらない。
うまく感情移入ができないというか、平野さんと自分の考え方の違いなのかなぁって漠然と思ってしまいました。

でもこの間、また観る機会があったんですよ。Twitterでもつぶやきましたが、自分がよく行くBarで、何人かの人と。
そうしたら、今度はまったく違った。
途中からボロボロ泣けちゃってねぇ。
平野さんの寂寥がびんびん入ってきちゃったんですよ。
かっこ悪いんだけど、泣けて泣けて仕方がなかった。

でもなぜ今さらながら泣けたのか?
そのときはまだよくわかってなかったんですけど、その翌々日に二村さんとご飯を食べながらその話をしていたら、ああそういうことかって途中で気がついて、不覚にも二村さんの前で泣きそうになっちゃったんですよね。

自分がカミさんを亡くしてしまった話って、二村さんがマザーズの宣伝で淫語魔を説明するときに、一つのエピソードとして話すことがあるんです。
自分はもうすでにこの話は自分の中で整理されてしまっているし、それにどうして自分が淫語魔になったのかを理解させるのに、確かに聞いていてわかりやすい話ではある。だから気にはしてなかったというか、ホントのことですからね。まあまあ任せていたわけですよ。

ところがこの春、仕事で女性のマンガ家さんと編集の人に出会ってね。二村さんがいつものように淫語魔を紹介して、自分はいつものように当惑の表情を浮かべる彼女たちをただ眺めていた。
でもね。そのあとの二人の反応がそれまでの人たちと違ってたんですよね。
特に編集のコは、「これはいんごまさん、絶対に書くべきだよ。わすれないうちに絶対に書いて。約束して」と何度もしつこく迫られました。
そこまで強引に言う人も珍しかったんで、ちょっと書いてみるかって気になっちゃった。

自分は実はあまり彼女の遺品とか残していないんです。
一時はホントに消えてしまおうって考えていたし、ましてや文章に書いて残す気などさらさらなかった。だから記憶だけが頼りなんです。
それまでも書いたら読みたいって言ってくれた人はいましたが、その必要をまったく感じてこなかった。
だって、自分の中だけで完結してる話ですからね。

でも今回はじめて書いてみようと思ったんですよ。
そういう巡り合わせなんだろうって。たぶん1年近く二村ヒトシというクリエイターの現場に参加していたせいもあると思うんです。言い方は悪いですが、毒気に当てられたというような。
ライターの仕事を始めていたのもあるでしょう。文章にはそこそこ自信ができてきてたし、どっちにしたって過去のことです。すいすい書けるだろうとたかをくくってました。時間もかなり経過しているわけですしね。

ところがこれが思いっきり地雷だらけでした。
どこを掘っても、書いてるだけで涙とも汗ともつかないものがではじめたりして。感情のリミッターが壊れちゃって、なんだ、ぜんぜん整理がついてないじゃないかと、そんな自分にびっくりでしたよ。

書いてないときも、もうずっとフワフワしてましてね。自分が自分じゃないみたいなんです。
そんであるとき、井の頭線の駅で電車待ちしていたとき、プラットホームに入ってくる電車にすぅーと飛び込みそうになっちゃったりして。あぶねぇあぶねぇと思いながら、その日はそのあと二村さんとAVの打ち合わせがあって、でも心ここにあらずって感じでまったく役に立ちませんでした。
ああ、これをやるってことは狂気の中に入っていくことなんだなぁって。これは一人じゃ難しいぞって。
それで一端書くのをやめたんです。今の自分の最優先課題はマザーズを軌道に乗せることでしたから。

でも書くのを控えただけで、まったくやめてたわけではありません。
この夏は本当によく頭の中にいる彼女と話をしました。ことあるごとに語りかけて、ぶつぶつぶつぶつ独り言を言ってました。それは楽しかったり悲しかったり、ときには感じたことのない憤りもあって、そんな自分に驚いたりしてました。

いやー作家さんって大変なんですね。
ここまでの話、わかります?
んなら、よかった。少しとっちらかりすぎるかなぁと思って。

それで監督失格の話なんですけどね…。

戸越 「なか卯」にて

ほら、二村さん。この夏、自分、うちの奥さんのことをちょっとだけ書いてみたって話をしたことがありますよね。それでかなりおかしな気分になって行き詰まって、二村さんに相談とも愚痴ともつかないことを言っちゃった。

死は絶対でしょ。どうしたって受け入れなきゃいけない現実です。
でもだからといって、そんな簡単に受け入れられるわけではない。
自分たちはその現実を受け入れるのに苦しんで、何度も話し合って、ゆっくりとあきらめていって、最後はお互い納得しながらその時を迎えられました。すがすがしい別れだった。
でもね。ときどき思ってしまうんですよ。「なぜ?」って。
それは答えのない問いです。すでに解答は出てるはずですから。
それでもどうかするとふっと頭をかすめる。どうしてこうなったのだろうって。

その疑問を理屈と自己陶酔で無理矢理ねじ伏せて、いくつもの感情のスイッチを切りまくって、わざと卑俗な刺激で心を満たしたりして、そうやっていろんな工夫をして何重にもコーティングして、押し殺してきた。
自分のやってきたことはそういうことなのかもしれないって。
ふと思うことがあるのです。
自分はとっくに乗り越えて整理がついたことにしてたけど、まだまだだったのかもしれない。それは逝ってしまったものへの配慮であって、自分はそこに陶酔することで納得しようとしていた。

本当はね、たぶん頭にきてたんです、妻に対して。
それとそこにとどまろうとする自分に吐き気もしていた。

実際はそんな綺麗ゴトだったわけじゃない。夫婦のことは夫婦にしかわからない。
結局、美談であってほしかったのは自分だったってことです。自分こそ、それがなにより必要だった。

自分は親しくなった人を失うのが怖いんです。
愛している人には消えてほしくない。消えられるのがいちばん堪える。
ならばもう下手な人間関係は作らず、なるべく恋なんかしない方がいい。そう思うのは当然でしょう。
でもそれがここ何年間で徐々に変わってきちゃいました。また人と強く関わろうとし出した。もともとそういうヤツだったんですよ。

監督失格で、平野さんが泣くじゃないですか。のたうち回って。
「由美香にさよならをいいたくない」って言うじゃないですか。
この間、そのラストシーンを観ていて、ようやくその気持ちがわかった。

過去の思い出を表現するってことは、自分じゃないものにしてまうことなんです。
他人にも理解される状態にするってことは、自分と一体であったものが無理矢理に剥がされ、手を離れてしまうってことです。そこにできあがったものはまったく別の何かです。もう自分のものではない。

ああ、自分がやろうとしてたことはそういうことなんだと。あそこでのたうち回って苦しんでいる平野はまさに自分なんだと。これからものすごく寂しい思いをしながら地獄の底で這いつくばって書くことになるんだって。
でも書くと決めたのなら、その覚悟はしとかないといけない。

文章で表現するってことは…。
逆に大事なモノを手放さきゃならないってこと…。

………。

ふーー。

自分のものではなくしてしまう。ケリをつけてしまう。
ケリをつけなきゃいけないんだと思ったら…

…………………。

あぶねぇ、二村さんの前で泣きそうになっちゃった。

自宅 「電話」にて

まあ、今月はよくデートしたよね。ここまでいろんな人とデートしたのは初めてだと思うよ。
ああ木蘭さん? 木蘭さんは彼氏がいるからね。結構、公になっているから最初からその気があったわけじゃないよ。
彼女には前々からものすごく興味があって、パピーの方から誘ったらなぜか乗って来てくれたんだ。
もちろん美人と一緒に飲むのは気持ちいいしね。
いんごまはフェロモンがないからまったく無警戒だったのかもしれない。

いや自分でもわかるよ。まったくフェロモンがないよね。
ある人に「フェロモンを出すためにたくさんの人とデートしたら」とアドバイスされたことがあるんだけど、木蘭さんにそのことを言ったら、大笑いされて「いんごまさんはそこで勝負するひとじゃないでしょ」とか言われちゃった。

うん、木蘭さんがサシ飲みする気になったのは、どうやらブログを読んでくれてたからなんだ。「淫語魔の日常」とか「読書」とかを読んでて、それでどういう人なのかなぁって興味があったらしい。
そういう意味じゃ、両思いではあるよね。

モテということでいうと、いんごまはちょっとぶっちゃけすぎなんで、本当にモテたいなら、あまりしゃべらず謎があった方がいいとも言われたな。
「いんごまさんとはガールトークみたいにリラックスして話せちゃうからあまりドキドキしない」って言われちゃった。

んん? そうねー。結構、へたを打っているしね。
最近は妙に惚れっぽいだろ。「この人かも!」って思った人にはすぐ「付き合って」とかいって振られちゃうし、なんだかよくわからないよね、これじゃ。
なんともには「淫語魔さん、恋愛の仕方を忘れたんですか?」とか笑われちゃってるからね。
恋愛するにしても、いろいろ問題はあるよね。

いや、毎年さ、9月は駄目な月なんだよ。
去年はAVメーカーをやりだしたでしょ、その前は文学賞騒ぎでしょ。それでなんとかしのげたけど、その前まではいつもどうやりすごそうかって感じだったよ。

うん、亡くなったのが9月だったんだ。前に言わなかったっけ?

年を取ると人ってさ、そうやって何かを回避しながら生きていったりするのさ。
まあでもそれもいい加減、終わりにしないとね。
今年はそういう意味で言うといつもと違って楽しい9月だったよ。
色ボケキャラを通して過ごせたからね。それにいろんな女性とデートすると勉強になるね。今思うとデートした女性はみんなイイ女だったなぁ。

それと、やっぱりあらためて書こうと思った。
うん、カミさんのこと。
それは決着をつけるべきだと。

「喪失することが怖い」って木蘭さんに言ったら「まさにそのことを書くべきだ」って言われたよ。

ん、「ソーシツ」っていうのは、何かを失うこと。んん、そうそう、そういう意味。
喪失感ね、そうそうそう。使うでしょ。

木蘭さんは大笑いするときの顔が魅力的なんだけど、そのときもまたもや大笑いして「まず今、いんごまさんが恋人と危機的状況になっていて、そこから過去の奥様の話に戻るといいんじゃないかなぁ」なんてアドバイスをくれてさ。「喪失するのが怖いってことを過去に求めて説明するようにすると、読んでいる方は読みやすくなる」ってさ。んなことを目をキラキラさせていうんだ。
「それじゃあ、やっぱりまず自分、恋人をつくらないといけないですよね」って言ったら、そこでまた大笑いして「そうですよね」って涼しげな顔して応えるんだよねぇ。

そう、ねぇ、ステキな人でしょ。人の話をよく理解するし、筋は通っているし、魅力的だし、美人だし、ざーんねんでならんのは彼氏がいることだなぁ。

木蘭さんはしょうがないけど、もちろん恋人をつくる気まんまんよ。
まあ木蘭さんには服装についてもいろいろダメ出しされて、結構いろいろ細かいこと言われたので頑張ることにするよ。

えっ、何、言われたかって?

Tシャツ着るなら、プリント柄。もしくは襟付きを着なさいって。
敗因はだらしない感じがだめらしい。ほんのちょっとしたことなんだって。
なに、わかる? だったら早くいいなよ。ふふふ。

え? わかってるよー、巨乳で美人のお母さんがいいんでしょ。
まぁ、考えとく。
でもまずは「恋はあせらず」っていうじゃない。
知らない? シュープリームス。
そんな曲があるのよ。
アイツ、機嫌がいいとよく鼻歌を歌ってたなぁって。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。