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どっちにしろユーザー不在なんだよなぁ 

  • [2009/07/30 21:20]

ちょっと前に中村さんのブログで、ボヤキの小窓を紹介してもらったんだけど、そのときに「文学や音楽にも深い見識のある方です」なんて書かれちゃって、「んんんー」と唸ってしまった。

中村淳彦の「どうでもいいこと」 2009/07/25 : 名前のない女たち最終章 2刷!!

文学はまぁ人並みに読んでいる方だと思うから、深い見識があるかどうかはともかく、ひとくさり、ふたくさりぐらい語れるものもあるとは思うが、音楽はあきらかに門外漢ですよ、わたしゃ。
好きな音楽はあるにはあるけどかなり偏っているんじゃないかと思う。
本屋にはよく行くけど、CDショップはほとんど行かないから、見識もクソもないんじゃないかと。

たとえば、この間まで「マッド・カプセル・マーケッツ」っていうバンドがあるのを知らなかった。
どうやらそこのボーカルが森下くるみちゃんと付き合っているらしいってことで、その存在を知ったばかり。

YouTubeで聞いてみたら、嫌いじゃない。
今日、TSUTAYAに行ってベスト版を2枚借りてきた。

しばらく、これ聞きながらプログラムの勉強をしようかと思ったりしている。

んで2ちゃんねるでは、このKYONOって人と森下くるみが6月に入籍したって話になってんだけど、真相はどうなんだろうね。
発信元はAV板じゃなく音楽板の方だから、かなり確度の高そうな情報だと思うんだけど。

今のところ、ドグマでは何の発表もない。
まぁいつものことなんだけどさ。
こういうところが嫌いなんだよね、AV業界って。

別に引退作品なんていいんじゃねぇーの、やんなくて。
もともと筋なんかねぇー世界なんだからさ。
くるみはじゅうぶん働いたよ。ドグマの功労者なんだろ。

それに、もしもだよ。
籍を入れたばかりの女性でまだAVを撮ろうとするならそりゃ鬼畜だよな。
ふつうじゃない。人間として終わっとる。

自他皮膜論 

  • [2009/07/29 23:58]

近松の「虚実皮膜論」の「皮膜」を「ヒニク」とわざわざ仮名をふったりする辞書もあるが、「広辞苑」や小学館の「国語大辞典」は「きょじつひまく」を取っているようだ。
本来、どちらの読みが正しいのかはわからないが、どちらしろ漢字で書き表すなら「皮膜」の方がよく言い得ているように思う。

真実というのは常に皮膜にくるまれている。ふだんは覆われていてその姿はなかなか簡単に見ることができない。
「化けの皮」といった言い方もあるし、人間というのは皮の膜ひとつでようやくその姿をとどめているにすぎないのかもしれない。

そもそも「自分とは何か?」と考えたときに、自分の持つこの「肉体」というのはずいぶんあやふやな境界線でできていることに気がつく。

たとえば今、目の前に松屋のトマトカレーがあったとしよう。
このカレーはいずれ自分の口に入るとはいえ、いったいどの段階で自分の血肉になったと考えればいいのだろう。

舌の上に乗った瞬間だろうか?

胃に入った瞬間?

消化され始めたときだろうか?

「消化」と言ったって、どのあたりからだろう?

消化酵素がとりついた瞬間?
分解しだしてから?

完全に人間の吸収しやすい栄養素になったら自分の血肉になったと言えるだろうか?

それにより体内にできたウンコは自分の体の一部とは言えないのだろうか?
あれは体を通過しただけだからもとから血肉とはなってなかったのか?

それなら尿はどうだろう。
これは体の中で作られた排泄物だ。

いやもっとわからないものがある。
呼吸だ。空気を肺に取り込んで、酸素を吸収し、二酸化炭素を排出する。
この酸素はいつの段階で血肉となるのだろう。逆にはき出された二酸化炭素はどの瞬間から自分の肉体の一部でなくなるのだろう?

そもそも単に人間の肉体は、さまざまな分子を仮に集めて結びつけているだけにすぎない。だから始終、分子レベルで入れ替えを行いつつ存在しているだけとも言えるのだ。

人間の肉体というのは、いくつかの決まり事に則ってエネルギーを入れ替えつつ、常に再構成しているにすぎない。
もっともそれは素粒子レベルでいえばすべての物質にもあてはまることなのだが。

仏教ではこれを「空」という。
仮に集まった肉体を「仮」という。
しかしそれはなにもでたらめに集まっているわけではない。やはりなんらかの法則がある。それを「中」という。

この五体を指して自分という存在があるのではない。
その五体を包む「皮膜」は決して自分と他をはっきりと分かつ境界線とはなりえない。
むしろとりあえず置かれた補助線のようなものにすぎないのかもしれない。

この「自分だと思っている」肉体は、宇宙の塵のひとつとしてつながっている。
「自」は「他」なしで成り立つことない。他もまた自の一部であり、自もまた他の要素を借りて存在しているのである。

これを「縁起観」という。

「虚実皮膜」とは「自他皮膜」のことと言えるのかもしれない。 虚といい、実といってもそれは他人の目を意識して成立する概念であろう。

所詮、人の幸不幸は「他人とのつながり」の中で発生するものだ。
だからこそ「よくできた人間ドラマ」は、それが悲劇であれ喜劇であれ、人をなぐさめる力があるのだ。

皮膜ってなんかイヤらしい感じのするコトバだなぁ 

  • [2009/07/27 23:48]

近松門左衛門の演劇論に「虚実皮膜論」というのがある。
近松が穂積以貫っていう人に語ったとされる話で、それを穂積が「難波土産」って本に書き残した。

内容としては、「近頃のヤツはなんでも理詰めで実物通りに演じないと納得できない。歌舞伎役者もその所作が本物と生き写しでなければ上手いとはいえない」という話があって、それを近松が「此論尤のやうなれ共芸といふ物の真実のいきかたをしらぬ説也(この論はもっとものようだけれども芸というものの真実のあり方を知らない説である)」と一蹴するところから始まる。

芸といふものは実と虚との皮膜の間にあるもの也成程今の世実事によくうつすをこのむ故家老は真の家老の身ぶり口上をうつすとはいへ共さらばとて真の大名の家老などが立役のごとく顔に紅脂白粉をぬる事ありや又真の家老は顔をかざらぬとて立役がむしやむしやと髭は生なりあたまは剝なりに舞台へ出て芸をせば慰になるべきや皮膜の間といふが此也虚にして虚にあらず実にして実にあらずこの間に慰が有たもの也(註:漢字は引用者が旧字を新字に置き換えた)

『新群書類従第六 歌曲』第一書房 昭和40年8月25日 325p

つまり現代風に訳すと「芸ちゅうのんは、ホンマとウソの重なり合ってるところにあるんですわ。たとえば家老とかを演じはるにしても、実際にいる家老とおんなじように身ぶり口ぶりを真似したところで、それでは、実際の大名や家老が役者みたいに紅や白粉をつけて化粧したりしますか? 実際の家老はいちいち見た目を気にしないからゆうて、立役のお人がヒゲをモジャモジャ生やしたり、頭、禿げてマゲがゆえんようなってても、その格好で舞台に立てますか? そんなことして誰が喜びはるんやろ。皮膜の間っちゅーのはそういことですわ。ウソやけどウソやない。ホンマやけどホンマやない。このウソとホンマの間に人を慰めるものがあるっちゅうことなんですわ」ってな感じか? (ヘンな関西弁になってる?)

この続きがおもしろい。

生身の通りをすぐにうつさばたとひ楊貴妃なり共あいそのつきる所あるべしそれ故に絵そらごととて其の像をゑがくにも又木にきざむにも正真の形を似する内に又大まかなる所あるが結句人の愛する種とはなる也趣向も此ごとく本の事に似る内に又大まかなる所あるが結句芸になりて人の心のなぐさみとなる文句のせりふなども此こころ入れにて見るべき事おほし

同上

現代語に訳すと(もうあやしい関西弁はやめとく)
「生身通りに写せたとして、たとえそれが楊貴妃であったとしても、愛想をつかすところがあるものだ。だから楊貴妃の姿を画に描くにしろ、木に刻むにしろ、真正の形に似せつつもどこかデフォルメしちゃった方がかえって人から愛される元になる。こりゃ歌舞伎や浄瑠璃の趣向もそうでさ。本物に似せつつもデフォルメしているところがあってそれが詰まるところ芸となり、人の心をなぐさめてくれるものになるんよ。言葉の台詞にしても同じような心入れで作ると見るべきところが多くなる」

最近のAVは身も蓋もなかったりするから大人の鑑賞に堪えられなくなっているように思うね。
淫語モノなんて虚実入り乱れているからおもしろいんだよ。

いや、そもそも実際のセックスだってさぁ、虚実入り乱れている方がおっちゃんは興奮すると思うんだけどね。

女は感じたフリをし、男はだまされたフリをする。そのうち感じたフリがホンイキになり、だまされてやってるつもりが抜き差しならないぐらい好きになっている。
そういう男と女の皮膜の間にエロスはあると思うんだけどな。

もっと言葉の余韻が楽しめるようにしてほしいよね 

  • [2009/07/24 23:53]

しかし、どうしてAVの編集って言葉を大事に扱おうとしないのかねぇ。
言葉きっかけで編集することを「ダイアローグ・カット」って言うらしいんだけど、小栗康平がこんなことを書いている。

 映像はセリフが終わっても、それですぐに次のカットに切り替わるわけではありませんが、それではどれだけの「間」がそこにはあるのでしょう。

小栗康平 『映画を見る眼』 NHK出版 2005.6.25発行 65p

そう、言葉はただ意味内容さえ伝わればいいわけじゃない。
特に話し言葉の間には言外の感情が読み取れたりするものだ。

 ごくふつうの日常的な会話のやり取りであれば、映画では八コマとか、十二コマというのが一般的でしょうか。半秒から半秒弱というところです。これも、監督や編集者の生理、作ろうとしている映画の中身によってずいぶん異なってきますし、シーンごとでも一つひとつみな違います。
 ラブシーンにはラブシーンの時間があるでしょうし、激昂すれば会話のやり取りは早くなるでしょう。そしてそれが撮られている画面のサイズによっても微妙に変化してくることもあります。それらを一々、ここは六コマだ、十六コマだ、いや三十二コマだと、その映画、そのシーンにもっともいい間合いを探っていきます。
 私たちのじっさいの会話では、今何コマの間合いをおいて自分は喋っている、などとは考えません。しかし映画は、ふだん意識されないそうした細部の領域を、具体的な感覚として確かめていきます。

小栗康平 『映画を見る眼』 NHK出版 2005.6.25発行 69p

映画は一秒につき24コマ。ビデオだと30フレーム。つまり30枚の画像で1秒だ。映画の8コマはビデオの10フレーム。半秒なら15フレーム。
だけどAV見てると2.3フレームで切り替えたりするんだよね。
言葉の余韻を味わうことなく、いきなりクンニしてたりする。

こういう切り方を見るたびに、この監督はきっと言葉が上っすべりしているヤツなんだろうなぁと思ってしまう。

言葉はロジックだけじゃないんだよね。論理だけでは人の心は動かせない。言葉が人の心を打つのはポエティックな部分があるからでしょ。

詩的な側面を有しているのが言葉なのに、台詞を言い終えた瞬間に間髪入れず切るなんて、空虚な会話をしているとしか思えない。なぜ言葉の「息づかい」を味わうような切り方ができないんだろう。 その「息づかい」こそ、言葉にできない思いが詰まっているものなのに。

詩心の無いヤツが編集とかやってんじゃねぇーよ。このバカチンが!

もっと言葉を大事にしてくれよぉ。
むしろそこにエロが芽吹いていたりするんだからさ。
それとも所詮、AVっていうのは言葉にがさつで鈍感な連中が作っているものなのか。

・・・ってさっきあるAVを見ていたらそんなことを思ってしまいましたよ。
なんかカラミに入る前にガックシきた。

あとPCを入れ替えてからというもの、やたらWINDVDがCPUを使いまくって不安定になる。
どうもビデオカードの相性がよくないようだ。
台詞を抜き書きするときに何度もリピートボタンを押すんだけど、レスポンスが悪くてイライラする。

NVIDIAのオンボードだしなぁ。新しいビデオカードでも買ってくるかなぁ。

子どもの頃はナルシス女が許せなかったんだけどねぇ 

  • [2009/07/22 22:16]

本当は今日、淫語中出しソープの6を更新する予定だったけど、昨日、淫語の抽出も終えてあとは総評を残すのみのところで、どうも気分が乗ってこない。
ぶっちゃけて言うとこの作品、あまりおもしろくないんだよね。

まぁそんなことはこの作品を最初に見た段階でわかっていたことだけど、それでもね、これを好きな人はいるかもしれないからとデータ部分だけはなんとか作った。

でもつまんないものはつまんない。これがまだ制作者がわかってなくて、頭にきていれば怒りのエネルギーで書けるんだろうけど、琢斗監督だからね、そんなことあるわけがない。

んで、やめることにした。

つゆの優さんは、音声だけ聞いてる分には全然問題がないんだけどねぇ。
これに画が伴うとつまんなくなる。

問題点はいくつかあるんだけど、一番、大きいのは眼での演技ができてないってこと。
フェラチオなんかずぅーっと眼をつぶってしまう。ときどき開けてもそこからたいした表情が作れないから顔に変化が見られない。
これが眼に力のある女優さんなら、ジッとこちらを見ながら挑発なり誘惑なりしかけてこれるんだろうけど、そういう目線の切り方がまったくできてない。

それと微笑んだショットがほとんど見られなかった。
淫語痴女がうまい女優はたいてい口元にアルカイックスマイルを浮かべつつ痴女ってくれる。
それができないのは致命的だと思った。

そのことは渡辺監督もよくわかっているようで、だからこそ近々発売になる第7作目は松下ゆうかさんで撮ったんだろうし、予定では昨日撮っているはずの8作目には北島玲さんを持ってきたんだろう。
2人とも眼力があるし、チンポを弄ぶような技も持っている。
キャスティングとしては申し分がない。

この作品がつゆの優さんにとって引退作になるらしいんだけど、彼女はひょっとしたらあまりご自分のことが好きじゃないのかもしれない。

女性って自分自身のことを好きになることによって、どんどんきれいになっていくところがある。
男のナルシストは気持ち悪いのが多いけど、女性は自己愛が強くないとやっていけないんだと思う。

AV女優さんのブログなんか見てるとよく思う。
人気のある女優さんはたいてい自分の写真ばかり載せている。しかもそれがやたら楽しそう。
もちろん事務所の方針とかもあるんだろうけど、でもそもそも自分が好きじゃなきゃ、あんな顔の写真はそうそう撮れないでしょ。

ということで今回はスルー。

次は成瀬心美ちゃんの雌女あたりかな。
最近、熟女ものが続いて脂っこかったからそろそろ年齢を落とさんとね。

あと昨日、加山なつ子で熟雌女の撮影が行われたとのこと。

昨日はおいしいウナギを食べました。 

  • [2009/07/20 15:17]

今度はエアコンが壊れてしまった。
買って15年以上も経つんで修理せずに買い換えることにした。
最近のエアコンはいろいろ機能がついてんだね。ちょっと見ただけじゃよくわかんない。
締めて18万円也。

んんっ、今年の夏は終わったな。
どこにも行かず、WEB制作にいそしもう。
まぁ、お金がなきゃないで、そのへんを原付でうろつくだけなんだけどね。

PCもまだまだ入れなきゃいけないソフトが残っている。
結果的に増えたハードディスク内の整理もしないといけない。
さっき、前の環境で起動ディスクに使っていたHDDをようやくフォーマットした。
次は使うファイル。使わないファイル。退避しておくもの。削除するもの。選り分けないといけない。 ああメンド。

それと今からお通夜にも行くことになっている。
近所の人で自分は直接は知らないんだけど、うちの母の付き添いでね。行かないわけにはいかないらしい。

明日、更新できるかどうかは、お通夜からすんなり帰ってこれるかどうかにかかっているな。

サービス精神旺盛な人だから、聞けばなんでも答えてくれるんだよね。 

  • [2009/07/19 07:44]

いやぁ、驚いたね。
昨日、突然、パソコンのマザーボードが逝ってしまった。もう朝からてんてこ舞い。
結局、家から歩いて1分ぐらいのところにある地元のPCショップで、おニューのマザボとハードディスク160Gとメモリ2Gを買ってしまった。
締めて16.000円也。
しっかし、安くなったのぅ。

予定では昨日、一本、午前中にアップするつもりだっんだけど、もはやそれどころじゃなくなっていた。Windowsのアップデートを繰り返さなきゃならないし、使いやすい環境に戻すために一々設定しなきゃいけない。こりゃ大変だ。

これで一日つぶれちまった。

あと昨日の記事だけど、FC2動画を3つ載せると2つしかスタンバイにならないなぁ。
自分が使っているPCの、メモリの容量の問題かと思ったんだけどそんなこともないようだ。
やはりFC2動画は2つまで。
あとは今まで通り静止画のみにしよっと。

楓花の癒らし。はいい作品だとは思うけど、テンポがのろい感じが微妙だったりするね。
このテンポのゆるさがいいって人もいるだろうけど、その前作のMarin.の方はテンポがよかったから、これはその女優の持つリズムによるのだろう。

だいたいリアルだからいいとは限らない。
世の中には癇に障るしゃべり方をするやつはいくらでもいるし、その動きを見ているだけでイライラするのもいる。
すべてのAV女優がそのままの素材で好感が持てるとは限らない。
となるとある程度作らないといけない部分もあるだろう。そのさじ加減が難しいよね。

さあ、これからイラレとフォトショをいれなきゃ。
ソフトはいちいちシリアルキーを入れるのが面倒だな。
入れたら入れたで自分用にカスタマイズもしないといけないし。

そうそう松本和彦ってパソコンは自作するんだって。
見た目のキャラにあわないんでビックリしたけど、自作PCを2台も持っているらしいよ。

しかもそのPCを使って●●で●●●●●●とかやってんだって。
AVを作ってる側の人なのに。
その時は笑ったんだけど、そんなこと誰にもしゃべれないもんな。
ひょっとしてこの人、ねらー?
ちょっとだけ香ばしいニオイがした。

癒らし。VOL.55 レビュー 「その笑顔に毎回会えるのが俺の幸せ。」 

  • [2009/07/18 00:10]

癒らし055
七咲楓花の「癒らし。」VOL.55はここでプロデューサーが変わることもあり、そういう意味では一つの区切りの作品となっている。

この前のVOL.53の雪見紗弥、54のMarin.もよくできていた。
初期の傑作、森野雫の「癒らし。」VOL.9を見たあとにこれらの作品を見るとその完成度にビックリするかもしれない。

  1. ジムノペディが流れてタイトル
  2. 公園で待ち合わせ
  3. 河川敷で会話
  4. 彼氏の部屋に
  5. 彼氏が後ろから抱きつく→パンストを下ろそうとすると軽く抵抗する楓花
  6. うしろに引き倒しキス→ベッドへ
  7. ブラをはずすとき恥ずかしがる→かまわず愛撫を繰り返す彼氏
  8. 攻守逆転。彼の股間におずおずと触れる彼女
  9. ゴム装着してエッチ突入→後背位・正常位からゴム射(精子確認はなし)
  10. 風呂→外食→再び彼の部屋
  11. 彼の告白に「そんなこと、言ってくれる人、出会えて、私もしあわせ」とキス
  12. 二回目のエッチ→正常位・騎乗位・横抱き→後背位で正常位→腹射
  13. 彼女の打ち明け話

まず前回紹介した東良さんの言葉を改めて確認してみよう。

冒頭、久しぶりに彼に会いテレる楓花の台詞が時々不用意に敬語になる。観る方は「アレ、恋人同士なのに何故?」と思うのだが、やがて彼女が彼を「先輩」と呼ぶ。そこに一切の説明はない。しかし我々は二人が高校時代の先輩後輩であり、おそらく彼の就職先等の都合で遠距離恋愛となったのだろうと自然に理解する。そして「痩せた?」「髪?ウン、今一生懸命伸ばしているの」とカメラを見つめ恥ずかしそうに呟く楓花の言葉で――こんな台詞、オジサンの監督やシナリオライターには絶対書けない (笑)――観ている貴方自分(ママ)自身にとっても、彼女がかつては「密かに可愛いなと思っていた後輩」であり、「今は恋人になってくれた女の子」に思えてしまうのだ。

東良美季 「アナザーサイド・オブ・ビデオメイト」『ビデオメイトDeLUXE』2009年6月号 コアマガジン 63p

せっかくだから該当箇所を見てみよう。最初は「待ち合わせ」シーン。続けて「河川敷で会話」するシーン。

東良さんは「こんな台詞、オジサンの監督やシナリオライターには絶対書けない (笑)」と書いていたが、河原でポテトを頬張りながら会話するシーンを起こしてみよう。

チョーお腹すいてたんですよ。うふふっ。んん、フフフ、えっ、寝坊? 寝坊はしてない。うふふふ、ちゃ、食べる時間がなかっただけ。うん。うはははっ。ああ、んん天気いい~。んんっ。んっ? んふふふっ、んっーー、んっ、なーんで、ちゃんと、んも、食べちゃいます、私が全部、ンフフフ、ん? アタシ? ええっ痩せてない。やせ、むしろ太った、あはは、夏よりぃ結構、ヤヴァイ。んん。ん、なんか食欲が止まんなくて。エッでもセン、センパイ…、ああ、あはは、ちょっとフトっ、マルっ、マルく、丸みを帯びた。んふふ、フフフ、えっでもいいんじゃないですか。

文字で起こせば一目瞭然だが、こんなのオジサンじゃなくても誰も書けないでしょ。

七咲楓花はとにかく恥ずかしがり屋で、始終「恥ずかしい」と口にする。
最初のエッチの時も服を一枚一枚脱がされるたびに恥ずかしがり、「イヤ…」と軽い抵抗を見せたりする。

このときの主観男優の手の動きが素晴らしい。他の主観ビデオはここがわざとらしくなってしまう。
もちろん「いかにもセクハラしています」というわかりやすい動きもAVとしてはありだろう。
だが「癒らし。」シリーズがそれをやってはいけない。そういうわかりやすいのが見たい人は他のAVを見るべきだ。

さりげないエロの攻防があって、カノジョの気持ちもだんだんとエロを受け入れる準備に入っていく。
そしてついには

そりゃするだろう。

ここから最初のエッチが始まる。
そして再びブラを取ろうとすれば恥ずかしがり、パンツを脱がそうとすれば恥ずかしがる。
1回目のエッチは実に初々しい。

「癒らし。」は都合2回エッチがあるわけだが、「最初のカラミは陵辱、途中オナニーして、最後は3Pで」といった凡百のAVドラマのようにはならない。
特にこの50番台の癒らしは道具も出てこないし潮吹きもあまり見られない。

だからといって変化がないわけでもない。行為自体は代わり映えしなくても、そのSEXのもつ意味が1回目と2回目では違うのだ。
心情の変化をプレイの変化でしか表現できないのはそもそもガサツなのだ。

今回は特に七咲楓花の言葉の変化が面白かった。
彼女は基本的になにかをつぶやくような形でエッチしていくのだが、そのつぶやきとも吐息ともとれない音が彼女の思いとともにどんどん増えていく。しかも短いセンテンスでつぶやくので、言葉だけ抜き取ると幼児言葉になっていっている。それだけセンパイに心を開き、徐々にだが自然と甘えはじめているのだ。

発する言葉も「恥ずかしい」「もう」「気持ちぃ」「もっと」「あったかい」と言っていたのが、「あー、もっと、気持ちいい」「大好き、大好きだよ」「ギューしてぇ、ギュー」とセンテンスが長くなっていく。

また冒頭で示したように、彼女の表情と言葉以外の非言語の音が、言葉以上に気持ちを伝えてきてくれる。
決して口達者とはいえないのに饒舌ですらある。

「すごい」「おっきい」「久しぶり」
そんなことをつぶやきながら七咲楓花が迫ってくる。
後輩だった楓花が今度は自分の恋人になってね。

アウダースのHPこっちはDMM

淫語作品をデータベース化してみる 

  • [2009/07/16 23:46]

次は、淫語中出しソープ6をやる前にムラリサの熟雌女を更新するつもり。
もうすでに抽出は終わっているので、今から作れば更新データは作れなくないんだけど、癒らし。のレビューも書かなきゃいけないし、土曜日に作りゃいいでしょう。

実は今、PHPってスクリプトで淫語作品のデータベースを管理しようと、勉強しながら作ってる最中。これができればメーカー別、監督別での作品抽出ができてもっとマニュアルも使いやすくなるはず。
それにあわせて作品データのレイアウトも一新することになるかもしれない。

ただねぇ。困ってることがあるんだよねぇ。

マニュアルで淫語の数を細かく書くようになったのは123番目のAOI.さんの「 美脚 粘液系2」からで、その前の122作品は淫語をそこまでカウントしてなかった。
せっかくデータベース化するんだったら、今と同じ情報量に整えておきたいようにも思う。

でも122作品を全部見直すのさすがにキツいよなぁー。

もうすでに手元にないものもあるしねぇ。

んんーー。

どぉすっかねぇ。

どっちにしろ、そんなことやっている時間はないだろうし。

まぁ時間があっても、122作品、一気に見る根性あっかなぁ、自分。

台詞は表情で割りましょう。 

  • [2009/07/14 23:53]

明日の更新分の「淫語中出しソープ」の5ができた。

淫語ものもシリーズ作だと「初めて淫語モノに挑戦」する女優さんが出てくる。
それが男優の声の入らない主観ものだったりすると男優のフォローは見込めないわけで、すべて自分の言葉のリズムだけでエロをかもしださないといけない。

最近、アウダースの雌女などは「○○○○が初めて挑んだ淫語×主観映像」なんてことを表4に書いていることが多くて、実際、淫語に関しては当たりはずれがある。
淫語量が全然ないのは論外。
問題はたくさん言っているにもかかわらず、あまりエロく聞こえない場合。

女優さんはものすごく頑張っている。それは画面から伝わってくるんだけど、全然、エロく聞こえないときがあるのはなぜなのか?

これ、自分はたいてい間の問題なんじゃないかと思っている。
文節での間が開いてないと、言葉の表情が足りなくなる。

「チンポ気持ちいい?」

とすんなり言うより、

「チンポ、…気持ちいい?」

って言ってくれた方が情感がこもる。
切ったところにアイコンタクトして微笑で台詞を割れば、もっと情感が伝わってくる。

また間を開けることによって言葉に抑揚が生まれる。「んふっ」「あはっ」「んんんっ」などの非言語の音も入れやすくなる。

言葉は「意味」が通じればいいわけでもない。「思い」が伴ってなければそれは死んでる台詞ということになる。

今回の杉原理恵さんはものすごく頑張ってるんだけど、少し余裕がなかったかな。
前作の星優乃ちゃんに比べると表情がたりない。すんなり淫語を言ってしまう。溜めを作れないのは単純にキャリアの問題だとは思う。
まあでもめちゃくちゃ悪いってわけでもない。

思うんだけど、熟女優さんたちの方が同じ初「淫語+主観」でもそれなりに聴かせてくれるみたいだ。実際、雌女より熟雌女の方が比較的安定している。
若い女優さんは淫語との相性が悪いとグダグダになってしまう。

昨日、鈴木さとみちゃんで雌女を撮ったらしいんだけど、またもや「痴女」がはじめてということで出来はどうだったんだろうね。

使っているカメラマンが悪いのかなぁ 

  • [2009/07/11 23:02]

淫画ダイナマイト6なんだけど、DMMでは出演女優が「愛良ひより 村上里沙 千堂ゆりあ」の3人になっているから、てっきりトリプルキャストだと思っていたら、もう1人「まりん」っていう女優さんも出演していた。

出演女優が4人といっても「村上里沙・千堂ゆりあ」と「愛良ひより・まりん」の2組で話を構成されていて、この2組が交わることはなかったので、おそらく別テイクのを抱き合わせたものだろう。

この2組の出来があまりにも違う。
「村上・千堂」の方はとてもいいのだが、「愛良・まりん」の方は内容が散漫で、カメラワークも含めてまるで素人が撮っているようだった。

たとえば途中、「愛良・まりん」組で主観で相互オナニーのショートコーナーを入れているのだが、急激なズームやティルトなどのモバイルフレームで、「いかにもカメラで撮っています」という感じを与えている。ねらって撮っているのだろうが、主観で見ているというより機械の目で動きを追っているように見えてフレームと一体化しづらい。

また「愛良・まりん」組が2人で1人の男性を攻めるとき、男を真ん中にして左右から責めるので線対称の形になり男の目立つ構図になっている。しかも男は正面、女性は横顔なので、男の存在の重要度が女より増してしまう。
にもかかわらず、その男は顔にモザイクがかけてある。つまり個性を消しにかかっているわけだけど、それなら画面のど真ん中に配置して正面を向かせるのは平仄があわない。

「村上・千堂」組も男を真ん中にして両脇から責めてはいるが、ローから撮ったり、男の体の向きを斜めにしたり、くっきりとした左右対称にはなっていない。むしろ体半分が切れていたりするので、男がちゃんとモノ化して見える。

この「村上・千堂」のところだけ見ているとよくできていると思うのだが、「愛良・まりん」のパートに入った瞬間にクォリティーが急激に下がり、見る気が失せがちになる。内容的には最初に「村上・千堂」がきて、「愛良・まりん」がつづき、最後に「村上・千堂」がくるので、途中でかなり引っかかってしまった。

「愛良・まりん」組は淫語量は多いし、二人とも良い仕事をしていた。
だがカメラワークだけでなく、言葉の言わせ方も何の計算もなく設定を忘れてしまっているところもあった。

いったい、これはどういうことなんだろう?
この2組を同じ監督が撮っているとは思えないぐらい、レベルが違いすぎると思った。

今日の昼までに更新する予定だっだけど、結局、淫語カウントの段階で集中が続かなくて、さっきようやくデータの抜き出しを終えたところ。
データページを作るのは明日になるな。

前の記事に「夢野あいだが戻ってきた」と書いてしまったけど、これは撤回するわ。
もしも村上里沙・千堂ゆりあが最近撮られていて、もう1組の方がずっと以前に撮られていたのなら期待もできるが、その逆だったら今後、購入は考えざるえない。
アロマ企画はまともに買うと4000円ぐらいする。「愛良・まりん」だけだったら、それに見合う出来だとはとても思えない。

これなら同時期にリリースした菊地28号くんの方がクオリティーが上。
むしろこの「愛良ひより・まりん」のお二方は渡辺琢斗監督の作品で見たくなった。
どちらも熟女系で体もムチムチしてるから、非日常的悶絶遊戯あたりでいいのができるんじゃないかな。
淫語だってなかなかおもしろい言い方をするので、そのときは「淫語中出しソープ」もお願いします。

今からビールを買ってくるのである。 

  • [2009/07/09 22:12]

ああもうこれ、絶対、終わんないわ。
今日、久しぶりにリリースがあった「淫画ダイナマイト」を買ってきて、あわよくば明日、更新したろうと見てたんだけど、オープニングを淫語ヌキしたところですぐに心が折れたわ。

この作品、淫語量が1000越えするのは間違いない。その上、トリプルキャスト。淫語カウントの負担がハンパじゃない。
軽く地獄。

明日やって、土曜の昼やって、そのままアップって感じだなぁ。
ああ、予定が狂う。

でもこの間の淫語娘に続き、やっと「夢野あいだが戻ってきた」って感じがする。
夢野監督は淫語マニュアルを読んでんのかどうかわかんないけど、おかしいと思ってた夢野ファンは自分だけじゃなかったろうからね。
この調子でさらに究めてほしいなぁ。

あとAVSの淫語の新作の方は、マニュアルで指摘したことが取り入れられていたようでビックリしちゃった。菊地監督には、琢斗監督の方から言っていただいたのは知ってるんだけど、実際、やってもらうとなるとね、嬉しい。
ということでさらに拍車をかけて細かいところほじくり返したろうと思っております。

ただ正直、北條麻妃さんはタイミング的にはかなり食傷気味。
彼女の淫語モノが立て続けに出まくってるもんで、少しインターバルが必要。

もっともその前に琢斗監督の「淫語中出しソープ」をやっておかなきゃいけない。来週ぐらいにシリーズ5,6と立て続けに行こうかと思ってます、ハイ。

HMNF-003_1.jpg
ところで今日の夕食、カン松の「YOGA」を見ながら食べていたんだけど、これ面白いね。

ただやっぱりこれがAVコーナーにあるのはなんかおかしい。
飯を食いながら見られるAVってヘンだよ。
傍らにティッシュを用意しとかなきゃって、ちっとも思えないんだもん。

この作品はさ、今日みたいに窓から入る風が気持ちいい夜、1人晩酌しながらのんびり見るようなそんな作品だと思う。
ビール、うめぇだろーうなぁ。

ま、そんなことを考えながら明日の昼はカレーにしようと思うのであった。

こっちとら3年と4ヶ月、AVの文字起こしをやってるんでいっ! 

  • [2009/07/08 23:59]

昨日はPC疲れしてしまいまして、メールを確認したらすぐに落とした。
そのまま布団に横になってまどろみかけていたら、やたら電話だの携帯メールだのが来だした。最後は3人ぐらいの人と全く違う内容のメールを同時進行でやりとりしていて、途中でわけわかんなくなりかけた。
下ネタまじりのヤツと、地元の民俗関係のやつと、あと仕事上の事務的なものとで、どれも間違って送信したらヤバいことになってたな。

また眠かったんだ、昨日は。
それと1人だったら途中で寝落ちして終えられたんだろうけど、3人だったもんで結局、いらんことまで書いてしまったりして、結果的に長引いてしまっていつもと同じ時間で寝る羽目になった。

さて、昨日、更新したれい子さんの「熟母の告白」だけど、これ監督さんはドラマ部分がすごくうまくて一般映画志向のある人なのかなぁと思った。
気になるのは台詞がちょっとおかしいところ。

たとえば冒頭、母・れい子について息子(氷川しんじ)とその友人(富岡敏則)が話すシーン。

富岡「いつ見てもしんのおかあさん、かわいいよな、優しそうだし」

氷川「んん、そうか、俺には結構完璧主義者なお母さんだけどな」

この氷川の台詞なんだが、こうやって文章にすると特段おかしくはない。けれど実際の台詞として聞くとリズムが悪い。明らかに書き言葉の文章のリズムで、話し言葉のリズムに乗った言葉になってないのだ。

こういうのって、訓練された役者さんなら問題ないのだが、おそらく氷川しんじというAV男優はまともに芝居の稽古をしたことがないのだろう。「結構完璧主義者なお母さん」って言葉に少し引っかかりがあって言いにくそうだった。

話し言葉の場合、もっと言葉を切って、いっそのこと倒置した方が言いやすかったりする。

「そっか? あれで完璧主義だよ。かあさん」

これぐらいでじゅうぶん。
実際に話している言葉は文字に起こしてみると、むしろ説明不足ですらある。話し言葉というのは書き言葉と違ってちゃんとした文章になってないことすらあるのだ。

それは当たり前のことで、ふだん会話してるときは身振り手振りもあるし、会話の流れ、間などによって相手が言外に察してくれてたりする。要は通じればいい。逆に丁寧すぎると今度は相手にくどい印象を与えることもある。
話し方がイライラするヤツとかいるだろう。あれだよ、あれ。

そういうのがこの監督さんはわかってないんだなぁ。

それと会話の中の言葉には距離というものがある。だから距離感をいかに出せるかが台詞を書くときの重要なポイントだ。

淫語に焦点を当てるなら、もっと所有格の淫語を使うべきだった。
「かあさんのおまんこ」「れい子のおまんこ」「私のおまんこ」といろいろ変化がつけられたはず。「発情したメスのおまんこ」なんて言い方をさせれば、最後の「なんでも言いなりになる母親」ということをさらに表現できただろう。

映像にも寄り引きがあるように、言葉にも寄り引きがある。カットバックだってある。モンタージュだってあるのだ。そういうのが全然わかってない。

「おまんこが擦れる」というのと「おまんこの壁が擦れる」というのとでは言葉のアップ度が違うだろう。「おまんこ」だけならクロースアップ、「おまんこの壁」なら超クロースアップぐらい違いがある。
もちろん寄り続けるとキツいから思い切って引くことも必要になる。
「気持ちいい、おまんこ」と気持ちを先行させた言葉を使えばミディアムになる。

そうやって言葉のフレームワークみたいものがあって、台詞に変化がつく。心情の綾が見られる。
ちょっと助詞をつけるだけでも、心の角度をつけることは可能なのだ。

だがこの監督はそういうことには頓着がなかったようだ。
この人はふだん人が話している言葉の観察力が乏しいんだろう。淫語はこだわってないとも思えないんだけど、それを下支えする言葉の扱いがね。
いろいろ気づけてないことが多いんだろうな。

れい子さんは単淫語をリフレインさせたりしてそれなりの技を見せていたけど、シナリオがある作品で、監督がこれじゃあそれ以上のものを聞くことはできないだろう。

はぁ~あ。

まあ、台詞の扱いが全然できてないAV監督なんて腐るほどいるけどね。

はぁ~あ。

どっかにいないかね、それができるヤツ。

久しぶりに紀子三部作でも見てみるかな 

  • [2009/07/06 22:44]

とりあえず明日の更新分ができた。
ドラマだし淫語モノでもないので大した量でもないしバラツキもある。
ただまとまって言ってくれてるから、淫語で抜くことはじゅうぶん可能だね。

それとそろそろ癒らし。のレビューをやろうと思うんだけど、前回の森野雫のレビューは欲張って動画を貼り付けすぎたので逆に散漫になってしまった。
今度からは2つぐらいにしておこう。
そういやぁ、おっちゃん、あんまり動画が貼りまくられているブログは好きじゃなかったんだ。
あとバナーとか貼りまくってんのを見るとみっともなくてね。
あれは逆効果だと思うんだよね。

映像でも核となるものがあって枝葉があって、っていうのが見やすい。あれもこれもって入れ込むと焦点がぼける。

あと最近、自分が主観AVを好きなのは、小津安二郎の映画が好きだったっていうのと関係があるのかもしれないと思った。
小津映画ってPOVショットでよくショット・リバースショットするんだよね。
それに主観AVには「180度線の規則」なんて制約はないもんね。

原節子はものすごく好きなんだけど、きっかけは「東京物語」を見たからで、原節子のカメラ目線主観ショットでズコーン!っていったんだった。

原節子01

「晩春」の原節子なんてホント、キレイだよねぇ。

つーか原節子見たさに小津の後期の作品を見まくったようにも思うよ。

夏日狂想 

  • [2009/07/05 00:17]

んん、やっぱり「由美香2005」が見たいぞ。

<お知らせ>
7/7(火),7/8(水)に上映を予定しておりました「由美香2005」が、諸般の事情により、松江哲明監督作品「あんにょんキムチ」に変更となります。
大変申し訳ございませんが、ご了承下さい。
7/7(火),7/8(水)両日に関しては鑑賞料金を特別価格の700円とさせていただきます。 ご来場、お持ちしております。

『あんにょん由美香』公開記念・林由美香×松江哲明特集上映」

いやそんなこと言われても、ものすごく楽しみにしてたもんだから困るんだよねぇ。

うちさぁ、ちょっとボケが入った母親がいるもんだからさ、帰りが遅くなるような外出をするときは関係者各位に事前に根回しする必要があってなかなか大変なのよ。
せっかく来週の水曜日、兄貴とか近所の人とかに声をかけていたんだけどこれでおじゃんですがな。

正直、「あんにょん由美香」なんかどうでもいいから、「由美香2005」を見せろなんて思っているヤツは自分だけじゃないんじゃないの。

おっちゃんも大人だからね。「諸般の事情」ってだけで納得してもらうしかない「何か」があったんだろうとおもんばかる気持ちもないではない。
頭ではわかる。

でもさ。予告編で平野さんが意味深なことを言っていたでしょ。

いま由美香の話やったら、たいへんなことだよぉ。ハッキリ言って。
俺は今、や、やれないね。
泣かすような真似すんなよぉ~。
誤魔化すような真似すんなよ~。

こんなことを言っていてそんで上映されないとなると、「平野は『あんにょん』の出来のひどさに腹を立てて引き上げたか」とついつい邪推してしまうよね。
「諸般の事情」だけですまそうなんて説明義務を果たしてないからね。700円にすればいいって話ではないでしょう。お金の問題じゃないんだから。それで納得するわけがない。

でもだよ。「誤魔化すような真似すんなよぉ~」って言葉に焦点を当てるから、「すわ、大魔神と化したか」と思うわけで、「俺は今、や、やれないね。」の方だったら、まるきり別の問題となる。

惚れてた女に死なれた男は、そのポッカリあいた穴をどうやって埋めたのだろうか。
いや、ちゃんと埋まったのだろうか?
平野の喪失感の方が松江より深かったから、それだけ自分の作った作品に完璧さを求めたのかもしれない。そして出せないと判断したのかもしれない。

真相はわからない。
なんてたってこっちは単なるAVファンに過ぎないからね。
そもそも「あんにょん由美香」ですらまだ見てない。

《春日狂想》

愛するものが死んだ時には、
自殺しなけあなりません。

愛するものが死んだ時には、
それより他に、方法がない。

けれどもそれでも、業(?)が深くて、
なほもながらふことともなつたら、

奉仕の気持に、なることなんです。
奉仕の気持に、なることなんです。

愛するものは、死んだのですから、
たしかにそれは、死んだのですから、

もはやどうにも、ならぬのですから、
そのもののために、そのもののために、

奉仕の気持に、ならなけあならない。
奉仕の気持に、ならなけあならない。

これは中原中也が自分の子どもを亡くしたときに作った詩。
5年前、自分はこの詩の一節を呪文のように繰り返していたことがある。

平野勝之が林由美香の死をどう受け入れたのか知らない。
この先、「由美香2005」を見ることができるのかそれもわからない。

でももし「俺は今、や、やれないね。」って理由でとりやめたのなら、そっちの「諸般の事情」の方がだらしない感じがあって自分にはいいけどね。
まぁ、怒って引き上げたって方が話としては面白いんだろうけど。

淫語の女神復活・・・・・・か? 

  • [2009/07/03 23:00]

おっちゃんさ。牧原れい子が好きだったのよ。
この人はかつてSODで淫語モノに出まくってくれていて、鷲本ひろしの「僕が女性に犯されたい理由」とか元マメゾウの「手コキ淫語痴女」なんてよく見たわけですよ。
SOD以外の作品もなにげに淫語率が高かったから、淫語は得意な人なんじゃないかと思ったりしていたわけです。

昨年、彼女、復活してくれました。
それはとても嬉しいんだけど、肝心の淫語がね。なかなか言ってくれなかったんですよ。
いつ出るか、いつ解禁するか、ずぅーーーーーと、心待ちにしていたわけですけどね。
春先に出た翔田千里さんとのレズ作品を見て、「こりゃダメだ」と。

翔田千里さんは淫語率が高くて、鉄板女優さんなんですがね。さすが頑張って淫語まじりの挑発を、れい子さんに仕掛けてくれてました。この撮影前にブログで彼女とやりとりしてたもんだから、ありがたいなと思ったわけなんですけどね。
それでもなんたることか、牧原れい子さん、全然乗ってこなくてね。淫語、見事に不発だったんですわ。

ああもうダメだなぁと。ここまでくるとNG項目にでもいれてんじゃねぇかとあきらめたわけですよ。

ところがですよ。6月の新作なんですけどね。
今回、DMMのユーザーレビューに「桃ゼリー」さんて方が感想を書いてくれてましてね。それがあなた、

上品で凛とした物腰がとても魅力的なれい子さんが、この作品では「○んぽ、○んこに入れて」「もっと突いて」など隠語(ママ)をばんばん叫んでくれるので最高に感激した。しなやかな肉体、かわいいあえぎ声、しとやかないき顔の三拍子で十分に抜いて来たれい子ファンなら、もう何度でも抜ける。もともとこのシリーズは、母親のメスの部分を本音で語らせる独白を柱にした点で、過去作品も秀逸ではあるが、今回は品の良さが魅力のれい子さんに、淫語を言わせているため、その落差がエロさ、官能性をいっそう際立たせた。(以下略)

熟母の告白 ~息子に溺れていった女~ 牧原れい子のレビューから

なーんて書いてるじゃあーりませんか。

も、速攻っスよ。

深夜遅くまでやっている店に駆け込んでね。
ええ買いましたよ。昨日の夜中。
そんで見ましたよ。淫語の女神様の復活を。

確かに言ってる。
「おちんぽ」も「おちんちん」も「おまんこ」も。
正確には「○んぽ、○んこに入れて」って言葉はなかったけどね。
まぁ「桃ゼリー」さんはおそらく淫語マニアじゃないしそれは目をつむりましょう。

だけどね、これ。
なーんとも残念な感じなんですよね。

この間のボヤキの記事で、淫語の頻出しそうな箇所っていうのを書きましたよね。
おおまかにいうと9つ。

  1. 冒頭導入部
  2. 性器露出時
  3. 手コキ指マン開始直前
  4. フェラ・クンニ開始直前
  5. マンぐり・チンぐり時
  6. 挿入直前・直後
  7. 別の体位への移行時
  8. 発射の意思確認
  9. 発射後の感想

んで、このれい子さんの作品。ドラマだし、淫語モノですらないから「冒頭導入部」こそなかったけど、「性器露出時」「フェラ・クンニ開始直前」「挿入直前・直後」「別の体位への移行時」にはちゃんと淫語台詞がありました。

おおー!

ありがたや、ありがたや。

でもね。

編集がひどいんですよ。
ショットのつながり悪くてテンポがおかしい。

まさに「性器露出時」「フェラ・クンニ開始直前」「挿入直前・直後」「別の体位への移行時」のところでへんな切り方バンバンしやがる。

たとえば、挿入前の「おねだり淫語」ってぇのがありますよね。
フェラしながら「おまんこにオチンチン挿れて。挿れて、オチンチン挿れて! オマンコに挿れて!!」とか言ってくれてるわけですよ。れい子さん。(ありがたやありがたや)

ところがね、ここで一端カットがかかって、れい子さん仰臥。マン開きして「挿れて、おまんこに挿れて」という台詞とともに次のショットが開始されるのよ。

いやぁあんた、そこで切っちゃダメでしょ。
カットするってことはそこで流れが止まるわけだから、緊張がとぎれるわけでしょう。そこに台詞きっかけでつなげたらさ、「いよいよ挿れますよ」っていうフンガーフンガー感が台無しじゃない。

前掲の淫語頻出ポイントって、裏を返せばエロの山場でもあるのだよ。
そこを切って言葉きっかけなんてどこの高校の自主制作映画だよ。

あ~あ。

せっかく牧原れい子さんがまとめて淫語を言ってくれていたのにな。(ありがたやありがたや)
しかもさぁ、これいちおうドラマなわけでシナリオってぇものがあるわけでしょう?
もっと緻密な淫語台詞は書けないもんかねぇ。言葉に距離感がないんだよ。だから奥行きが作れない。

なんの学芸会のシナリオ?

あ~あ。

まあでも牧原れい子ファンならそれでもありがたいんで次回はこの作品を更新するのです。
それがファンというものです。

あ~あ。

一期一会のつもりで書いてます 

  • [2009/07/01 21:32]

ホントは今日、一本更新する予定だったんだけど、次に更新する予定のは2枚組でさ。トリプルキャストのヤツなんで、淫語を抽出するのに時間がかかっている。
6Pとか聞き返さなきゃならないからね。

今日抜き出せたにしてもページを作るのは明日になるかな。
おっちゃん、ちょっと宿題もあるしね。それもやんなきゃいかん。

そうそうこの間、松本監督が言ってたんだけど、SODの「素人淫語」は、企画に詰まっていた菅原ちえに松本さんがサジェスチョンしたんだって。
「一期一会」の中で以前やった企画があるけど、それやってみたらぁ」って。
そういう意味ではあの「淫語しようよ」も、きっかけは「松本和彦」ってことになるんだね。

その菅原ちえさんが今度ラジオ出演するらしいよ。
ラジオ大阪だから、東京じゃ聞けないんだろうけど。

とろサーモン・SODの桃色製作所
ラジオ大阪(AM1314KHz)金曜日24:30-25:00

【7月3日】 女性監督の視点
http://obc1314.com/momoiro/index.php?entry-id=4a49e695972c9&user-id=momoiro&category-id=jikai&view_c=Blog::Entry.html

それから「一期一会の淫語」だけど、マニュアルの総評

再発見したんだけど、この「素人淫語」のコンセプトって、深夜のバラエティー番組「DAISUKI!」の中での、素人っぽい新人タレントに「だーい好き!」って言わせるヤツの、あのパロディーだったんだね。

って書いてたけど、これは当たってたみたい。

しかし「淫語魔」って、なにもんなんだろうね。
このレビュー、2007年の3月21日、ちょうど淫語AVマニュアルができて1周年ってことで、思い入れを込めて書いたんだけどさ。それにしてもよく見てるよなぁ。
すごいなぁ、この人。

さ、そんじゃまた、「淫語魔」に戻って作業を続けますかね。

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