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今晩は気合いをいれてみるのだ 

  • [2009/11/27 22:01]

えーそろそろ恢復しないと、毎日1500人以上は来てくれている淫語AVファンに申し訳ないんで、データ作りに励みますか。
ついでに自分にプレッシャーをかけるために、今後の予定も書いておこう。

とりあえず明日の予定は、原更紗ちゃんの「ゴージャス オナサポ」。
3時間物だけど、すでに60分は抜いてあるんであと2時間鑑賞するだけ。

それが終わったら次は立て続けにえみるちゃんの雌女とあずさんの熟雌女。
いろいろあって11月中にアウダースにこの2つのレポはしておきたいんだよね。

アウダースは藤木ルイさんの熟雌女も悪くなかったんだけど、ちょっと淫語的にバラツキがあってパスするかなぁ。熟雌女のデータ自体は採ってあるんでいつでも作れる状態にはあるんだけどね。
藤木さん自体は気さくなエロい笑顔の出来る人で、なぜだかおっちゃん、ビキニあとの残る日焼けした裸が見てみたいと思った。
あえぎ声もいいし、Sキャラもイケるんで、淫語痴女モノとしては今後の作品に期待だね。

そのあとはFAプロのやつをやってと。
今のFAの淫語ものは、単純に「おまんこ」の数だけならすごいことになっているんだよね。しかも風間ゆみさんのオマンコ連呼率が高い。
ゆみねぇーさんもここまできてしまいましたか。

あとは、ここに来ていまだにマニュアルに載せていない西野翔ちゃんの出演作。
なんとかしたいといつも思っている。
彼女は普通のAVでも結構言ってくれているんだけど、そのせいもあってかどうも彼女に対してハードルを高くしてしまう。もっとすごいのがくるんじゃないかっていつまでも「待ち」の状態が続いてしまうんだよね。
ここは一度、松本監督か森川監督あたりでやってくれませんかねぇ。

あと、この間「エロスの新性紀」を中古買いしたときに、佐山愛ちゃんのS1のソプ物も買ったんだけど、彼女、頻繁に淫語を口にするのね。
このシリーズは淫語をチョロとだけど言うことが多いんで買ってみたんだけど、いつも以上に頻出していた。もともと淫語属性のある人なんだろうか?
レンタルで安いときに確かめてみますか。

しっかし、相変わらず淫語があるかないかパケやサンプルからじゃ見分けがつかないや。
こんだけ淫語AVを見続けているのにシリーズ物以外は見当もつかねぇ。

ねぇ、AVを売る人たち! なんとかしてくれませんかねぇ。
どうしてこうも、求めているユーザーに情報が行くように売ってくれないんでしょうか?
本気で売ろうとしているようには思えないですよ。

んでは、今からまたカウントをはじめますか。

銀河万丈の着信音声があるとパーフェクトなんだけどなぁ 

  • [2009/11/25 21:39]

ハァ~。

おととい、あまりにもショックなことが起こってマニュアルの更新データを作る気になれなかった。

毎回、めぼしいAVを見るときはテキストで感想やら独り言やら淫語の数やらを書き込みながら見ているのね。
んで今週、頭に宇佐美監督の作品でまだアップしてないのがあったから、それを見ながらテキストに書いていたわけ。途中、席を離れるんでいつものように保存したら、間違って「エロスの新性紀」が書いてあるテキストファイルに上書きしてしまったようなんだよね。「既に同じファイルがあるぞ」っていうメッセージがでていたのに、「このまま上書きするか?」に「はい」をポチってしまった。

復元は絶対に無理。
6時間分、最初からですか。
ショックでしばらく現実逃避をはじめてしまって、頼まれてもいないのに他人のブログのデザインをなおしたりしだしてね。わざわざlivedoorのブログのアカウントまで取ってみたり。

ちょっと立ち直るのに時間がかかっています。

さっきもいっそのこと、携帯をボトムズにしたろうかと思っちゃったぐらい。

ボトムズの携帯カスタマイズサービス、はじめました!
http://votoms.cocolog-nifty.com/web/2009/11/post-a6f5.html

まあでも、「エロスの新性紀」のレビューは淫語マニュアルと言うより、ボヤキの方でやるものなのかもなぁ。
マニュアルに上げるには少し毛色が違うからねぇ。面白いけど、淫語ファンが抜けるのかっていうと、「抜き目的」だけの人からすればツライかなぁ。ホモっているところは取り敢えずオナニーを休憩しないとね。抜き属性というのはそういうもんだからね。注意が必要よ。

実際ユーザーレビューサイトでちゃんとレビューされてるところがないみたいだしなぁ。

カンパニー松尾監督で「YOGA」っていう作品がある。
カレー好きのカン松が、ヨガにハマっているAV女優さんと一緒にインドに行くっていうロードムービーなんだけど、おっちゃん結構好きなのね。
でもあれもネットでのレビューが全然無くてさ。前からこのボヤキでやろうかなぁって思ってたんだけど、そのうちまた立て続けにボヤキでレビューをしていきますか。
佐伯奈々の「癒らし。」もやりたいし。

そういえば桐原あずさちゃんはカレーが大好きだったよなぁ。
カレーというとインドだけじゃない。バングラデシュカレーなんていうのもあるよね。どう違うか知らないけど、スリランカカレーなんていうのもある。
たぶん宗教上の理由で入っている肉とかの食材が違うはずだからさ。
あずさんを連れて、もう1回、行くのもいいんじゃないですかね。

ああでも巨乳じゃなきゃだめなのか、カン松は。
しょうがねぇ、オヤジ。

それと前から気になっているんだけど、あずさんは名前を「伊藤」から「桐原」に変えたじゃない。あれって「藤」だったから「桐」にしたのかなぁ。

あずさんは源氏物語が好きだとか?

淫語もそこそこあったです 

  • [2009/11/23 21:15]

いやぁ~、結局、1日で見てしまいました。
「エロスの新性紀」。

とにかく後半が面白い!

純粋にレズプレイが好きな人はダメかもしれないけれど、このシーメールの望月ちはやクンって言うのがとにかくいいのよ。
別にトランスジェンダーがどうとかということじゃない。彼の人柄そのものがいいんだね。実に自然で。

これはね、ちゃんと見て評価してほしいなぁ。
6時間あるけど倍速とかで見て判断してほしくはない。

プロのライターとかで、20タイトルを5日間で見てレビューを書き終わりましたとか言われると信じらんないんだよね。

フルトヴェングラーの第九のCDを倍速で聞いても、その良さがわかるわけないよね。
「足音入り」なんて倍速で聞いてどうすんだって話だよ。
「コッコッコッコッ」ってね、鶏じゃねぇーんだから。

それと「エロスの新性紀」はレンタル出来るようにした方がいいなぁ。
買って見るとなるとハードルが高い。

んで、実は見入り過ぎちゃって淫語カウントしなかったんだよね。
はぁ~また最初から見なきゃ。

往年の丸山明宏だったらわかんねぇーけど。 

  • [2009/11/23 00:51]

えっーとですね、成り行きで「マリア様がみてる」を読み始めてしまいました。
まあこのブログを読んでいるリピーターの皆様は、どうしてそうなっていったかおよそ見当がつきますよね?

もともとこの手の女子校文化みたいなのは嫌いじゃない質なので、読み出せばハマるだろうなぁと思ってはいたんですけどね。
さあこのまま一気に読み進めてしまうんでしょうか?

しっかし、この年で、コバルト文庫を手にとることがあろうとは。

それと金輪際、ムーディーズは買わんと思っていた淫語魔だったんだけど、買っちまいましたよ、「エロスの新性紀」。

「エロスの~」シリーズは因縁もあるし、なによりHanaさんを焚きつけといて自分が見ないってわけにもいかないと思ってしまったもんで、思い切ることにしました。
まあ、中古購入だけどね。

んで、早速、見始めたんだけど、のっけからつまずいてしまいました。

作品は乃亜さんが西野翔ちゃんにインタビューするところから始まるんだけど、このときかなりリアルになったペニスのハリ型についてのこんな会話が出てくる。

乃亜/西野翔の会話
乃亜
今回ね、チンポがぁ、バージョンアップされて、より一層リアルになってるんですけどぉ。
西野
うふふふふふっ。ほんものだぁね、これね。
乃亜
うふふん。これどう思う?
西野
んん、なんかぁ、黒くて固そうで、かっこいいおちんちんだなぁ~って思う。
乃亜
かっこいいおちんちんだなぁって?
西野
うん。……うふふっ。
乃亜
見てると興奮しちゃう?
西野
あはっ、ん、なんかぁそういうちょと細固そうなおちんちんは乃亜さんにすごい似合うなぁって…
乃亜
ホントぉ? うれしい。

こりゃ、先、長いなぁ。
しかも乃亜さんチンポを言いまくりだしなぁ。
ほかのところも見たけど、結構言ってそうなんだよねぇ、淫語。

6時間じゃ絶対おわらないもんなぁ。
だいたい倍近くかかるから12時間かかることになる、データを抜き終わるの。
まぁ12時間はさすがにかからないだろうけど、10時間はいきそうだよなぁ。

これをちゃんと見ている人いるのかなぁって思って、レズAV系のブロガーの人のを見てまわったら、いましたね、奇特な方が。

エロスの新性紀 she said,she said
http://web.me.com/homeapp/SS/files/a65e6f0a8e0dda975249403ca57d731d-195.html

土日を使って見たそうです。
偉いっ!
おっちゃんも頑張ろう。
でもたぶん一週間はかかるなぁ。

ところでこの方、くだんのインタビューを「内容は台本に基づいたものです」って言い切っているんだけど、そうなのかねぇ。
むしろ西野翔のアドリブのようにも感じるんだけど。
それに乃亜さんならこれぐらいの会話は引っ張り出してくるんじゃないかなぁ。
乃亜は出来るコだからね。

問題が一つ。
この作品、シーメールの子が出てくるわけなんだけど、この子もどうやら淫語を言うんだよねぇ。
今まで女優さんの淫語は数えてきたわけだけど、シーメールの淫語ははじめて。

おっちゃんシーメールにはあまりピンとはこない。顔がどう見ても男なんだよねぇ。
「ストップ! ひばりクン!!」のひばりクンとか「前略 ミルクハウス」の涼音なみに美しいってわけではない。
だから男優の一人って感じになっちゃうんだよなぁ。
二次のようには萌えないんだよねぇ。

生物学的にメス限定でいいですかねぇ。
今回、ただでさえ多いわけだし。

化猫遊女 - 「猫と遊廓」は終わりのその6 

  • [2009/11/20 12:19]

ええ、このシリーズさ。もう自分の興味が完全に別のものに移ってしまっているのでとりあえず「化猫遊女」の話を抜き書きして終わろうと思う。
この「化猫遊女」についてはググっても、Wikipedia以上のことを言及している人が少なかったから、まあそういうのもありだろうと。

といっても自分もさすがに、もういろんな文献を載せる気はないのね。
「化猫遊女」については、アダム・カバットの『ももんがあ対見越入道―江戸の化物たち』がとても詳しく書いているので、ここからちょろちょろっと引用するだけにする。

ももんがあ対見越入道――江戸の化物たち
カバット A.
講談社
売り上げランキング: 253375

妖怪が好きな人なら知らない人はいない近世日本文学研究者のアダム・カバットだけど、この人が遊女についてこんなことを書いている。

 遊女は怪しげな存在である。少なくとも、男にはそう見える場合はあっただろう。
 隔離された遊廓という場所は、そもそも非現実的な空間であった。男は見慣れない部屋で遊女と一緒に床に入ると、暗闇のなかで彼女がどんな姿に変身するのかと想像するのだろう。夜が更けても、男はなかなか寝つけず、考えれば考えるほど不安がつのるばかりである。
 この状況を裏づけるように、草双紙の世界においても、遊女=化物という先入観があったと指摘できる。遊女にふさわしい化物というと、ろくろ首がまず浮かぶ。妖艶なる美女が、夜中に首を伸ばし、屏風の上から男を覗きこむ。急に目が覚めた客は「化物」と叫び、逃げようとするが、遊女が手を伸ばし、客をしっかり掴んでしまうのだ。ろくろ首と同様に、手の長い遊女のお化けが草双紙にはしばしば登場する。手練手管(さまざまな手を使ってうまく客をごまかしてあやつること)の遊女を象徴しているように思われる。

遊女をイメージする化物の筆頭として「ろくろ首」を上げている。
「ろくろ首」はラフカディオ・ハーンの『怪談』にもでてくるけど、別に「遊女」に限ったものではない。ただ遊女が寝入った客の横で首だけするする伸ばして行灯の油をなめるという怪談が江戸時代に流行ったことがある。それでアダム・カバットは真っ先に「ろくろ首」をあげているんだろう。

この遊女が油を嘗めるという話は、後述するが化猫が油を嘗めるという話と繋がっているようだ。
引用を続けよう。

 「化猫」も、化物の遊女の定番である。江戸時代では、遊女の別名は「寝子」であり、実際猫をよく飼っていたらしい。江戸の本所回向院の前で、「金猫・銀猫」(金と銀とは代金の金貨・銀貨を意味する)と呼ばれた娼婦がいて話題になっていた。「猫好きも男の方は金がいり」(柳樽十三)という川柳が、この「金猫・銀猫」を暗示している。また、鼠を商売にしている男が、「金猫・銀猫」と遊んでから家に帰ると、まだ「猫」の匂いが体についているので、飼っている鼠が皆逃げてしまうという小咄がある。

カバットも遊女は猫をよく飼っていたと書いている。
この「金猫・銀猫」の話は有名でググると結構あるから割愛ね。

 そして品川あたりには、本物の化猫遊女があらわれていたのである。

「本物」といっても、この化猫遊女が実際にいたかどうかを確かめるすべはないけれど、噂自体が江戸中に広まっていたのはまちがいのないことである。

 さて、品川の伊勢屋という店には、化猫の飯盛女がいたと噂されていた。その後、伊勢屋は「化物伊勢屋」または「お化け伊勢屋」と呼ばれるようになった。安永・天明頃(一七七二~一七八八年)には、品川の化猫遊女がキャラクターされており、黄表紙、洒落本、咄本、歌舞伎など登場するようになった。伊勢屋で働いていた三人の飯盛女の名前は皆「野」で終わっていたそうだ。それを真似して、キャラクターとしての化猫遊女の名前も、だいたい「野」で終わっている。

ということで、このあと具体的な文献をあげて、それぞれどのように「化猫遊女」が描かれているかを詳述していく。
だいたい共通するのは、客が寝静まったあとそっと寝間を抜け出して別の部屋で食事をとる。
そのときに「海老」を食べていたり、はたまた「人の腕」食べていたりする。そこをのこのこ起き出してきた客が見てしまう。
化け猫は振り返り客に向かって言う。

「ぬしあ何ぞ見なんしたか」

ところでアダム・カバットはなぜか言及してないのだが、化猫というのは油嘗めするというイメージがすでにこの時代にできあがっていた。

もともと灯明の油を舐めている猫というのはそんなに珍しくもない風景だったようだ。
日本の猫飯に不足しがちな油分を補っているという人もいる。
自分も食用油をなめる猫を飼っていたこともあって、やっぱりそういうもんかと思ったことがある。

寛永3年(1849)に書かれた本で『想山著聞奇集(しょうざんちょもんきしゅう)』という本がある。これは三好想山という尾張藩士が聞いて集めた奇譚集だが、その三巻に行灯の油を嘗める化猫遊女の話が出てくる。

引用するのも面倒なのでかいつまんで書くと、この本を書いた三好想山(みよししょうざん)の知り合いが、川崎大師のお参りの帰りに品川宿によると、器量よしの飯盛女がいたのでそのまま泊まることにした。
夜半過ぎ、一緒に寝ていた女がやおら起き出す。男は気配に目を覚ましたが、女が男の寝息を確認しているようなのでそのまま寝たふりをする。
すると女は行灯の位置を変え、そのまま顔をつっこんで油を嘗めだした。
「いやこれは(妖怪芝居で有名な尾上)菊五郎の妖猫がそのまま現実となってあらわれたか」と男は肝を冷やし、一目散に逃げ出す。
隣の旅籠に助けを求めて泊めてもらう。店の者に話を聞いてみると、その遊女は化物でもなんでもなくて、ただ前から油を嘗める癖がある女だということで大笑いになった。

当時は劣悪な食事環境で、鰯などの魚脂で作った灯の油を嘗める遊女もいたという。
この「油」「遊女」「猫」がイメージとして重なる。「化猫遊女」はこうしてできたのかもしれない。

アダム・カバットは「化猫遊女」とセットにして「油嘗め禿」という妖怪も紹介している。
禿とは遊女の見習いのようなものだが、禿もまたひもじい思いをしていたのかもしれない。

おらが村の仏さんだら 

  • [2009/11/18 23:59]

いろんな人にメールを書いていたら、ボヤキで書く気力がなくなった。
「猫と遊廓」はまた明日ってところだな。

さてなにを書くもんかと。

そうだ。これを紹介しよう。

淫語魔のおっちゃんが、子どもの頃からよく行っていた深大寺でご開帳がある。

武蔵野の古刹、深大寺には比叡山延暦寺の中興の祖・良源の座像があるんだけど、自ら刻んだというこの像は、25年に1回しかそのお姿を見ることが出来ない。

かくいう自分も一度も見たことがない。
前回は高校生の時だったんだけど、そんなことがあったなんて知らんかった。
まだインターネットもない時代だし、あっても見たいとは思わなかっただろうなぁ、高校生じゃ。

今年は会いに行くぞ。

んで、そのページね。

平成21年11月27日~12月3日 10:00~16:30(土曜日は20:00まで夜間開帳)
深大寺 ご開帳 元三大師1025年遠忌 中開帳について
http://www.jindaiji.or.jp/special_event/1025nakagaicho.php

ちなみに元三大師っていうのは良源のことね。

あとついでに寺宝展もやっている。

深大寺 寺宝展
http://www.jindaiji.or.jp/special_event/jihouten.php

それから場所的には近くはないんだけど、調布市郷土博物館で深大寺展が12/6までやっている。入館無料ね。

2009年10月11日~12月6日 午前9時~午後4時 入館無料
調布市郷土博物館 深大寺展 特別展
http://www.jindaiji.or.jp/special_event/jindaijiten.php

郷土博物館は寺の近くにあるわけじゃないので、一気にみるんだったら1日がかりになるかもよ。

深大寺には白鳳仏というお釈迦さんがいて、これがまた珍しく椅子に座っているお釈迦さんなのよ。弥勒菩薩の倚像はよくあるけど、釈迦如来はそうそうない。
たぶん、この仏さんが京都や奈良にあったら間違いなく国宝になっていると思うんだけど、いかんせん東京はなかなか国宝に指定されなくて重要文化財どまり。

ちょっとひがんでる?

今年、上野の博物館に奈良から阿修羅さんがやってきたことがあったでしょう。
ネットで騒いじゃって、2時間待ちとかやってたけど、この武蔵の地で生まれ育っておきながら、白鳳仏を見てないとかありえないと思ってたんだよね。

そりゃ阿修羅像も薬師如来も確かにすばらしいよ。
だけど自分とこの仏さんも大事にしようぜ。

「仏像が見たい」とか言って、すぐ「京都へいこう」とする東京在住の女子とか見ると、なーんだ結局こいつもミーハーなのかぁと思ったりした。
AV嬢にもいるでしょ、大物で騒いでいたのが。

ということで、日野出身のまっちゃんは行くように。

閉塞感をうちやぶるのがインディーズ魂 

  • [2009/11/17 23:54]

今日、更新した「夏弥のセックスじっくり見せてあげる」だけど、途中「音シリーズ」でやっていた定番コーナーを入れていて、やはり懐かしく感じた。

自分が最初に見たレズモノは森川圭監督がやっていた「音シリーズ」の「TAKAKOの音」だったと思う。

「音シリーズ」はバイノーラル録音でもって、女優が淫語を多用し、淫語オナニーと淫語連呼のイメージショット、それとソファでM字開脚になり「これから私のマンコの音を聞かせるね」と小型マイクでマンコをジュブジュブ擦り上げて、音を聞かせながら淫語解説するコーナーが定番で、自分は同じSODの淫語モノの中で一番好きなシリーズだった。

たぶんそれは「オナてつ」にしても、「手コキ・痴女」にしても基本的には男のチンポをいじくる流れになっているので、どうしても淫語のニュアンスが男根よりなってしまう。
自分は自分のチンコが女性にどうされたいかというより、魅力的な女性の裸体をどうにかしたい方なので、「男根ビデオ」より「女陰ビデオ」の方がしっくりくるのだ。

つまり自分はあまりMじゃないんだなぁ。
いじくられるよりいじくりたい。
注目されるよりは観察したい。

「音シリーズ」は本番が2回あって、最初の方こそ強制淫語のみだったのだが、シリーズ後半は痴女パートも付け足されて、淫語的にはオナニー淫語、M淫語、痴女淫語、マンコ解説淫語とかなり網羅されている感じだった。
また当時、出演した女優も人気女優ばかりで、藤谷しおり、広末奈緒、麻宮淳子、三浦あいかと淫語マニアとしては抑えておきたいシリーズだ。

その「TAKAKOの音」に、レズ淫語のコーナーを入れてみたのは当然の流れだったのかもしれない。
「かないかほ」という企画女優を使ってTAKAKOと絡んでいる。
このTAKAKOがまた誘導するのがうまくて、タチとネコってほどではないのだが、なかなか雰囲気のあるところを見せていたので、レズも悪くないなぁと思ったのだった。

レズプレイでの淫語というのは、またちょっと性質が違う。
同じ羞恥淫語でも、なんか逃げ場のない羞恥って感じで、リコピンやミュウさんがよくやってくれていた。
まあ淫語痴女の開祖、南智子ねぇーさんがすでにレズっていたわけでそういう意味では親和性はあったのだろうけど。

でも実際の淫語プレイも、好き合っている同士の場合、この逃げ場のない感じがレズAVの淫語に近いようにも思う。
もっともこれもタチ役の女優さんによるのか。
いつかまた検証してみますかねぇ。

しっかしこの頃のSODの作品は、シンプルだがバラエティーに富んでいて、いろんな意味でとっつきやすかったよねぇ。
さっきもAVのケースに入っていた2001年のカタログを見ていたんだけど、長瀬愛ちゃんの「レズれ」だとか飯島麗華・名月彩の「接吻くちまん騎乗位」、菅原ちえ監督の「森下くるみのファン感」も面白かったし、「青い性欲」もこの辺りか。
牧原れいこさんも健在で「熟爛漫」シリーズ。林由美香と桜田由加里の「手コキませんか?」。

ほぇー、この頃、ラッシャーみよしのおじさまは、脚フェチものを撮ってたんですか。
「脚フェチ極楽図鑑」って作品なんだけど、出演者が藤森加奈子と矢沢よう子だって。
この2人は確か姉妹だったよね。
今で言えば堀口奈津美・西野翔じゃない。しかもこの2組は、それぞれのポジションまで似ている。

なんか見ているだけでワクワクするなぁ。
最近、こういう感じはすっかりなくなったなぁ。

今週は書きまくるでやんス 

  • [2009/11/16 23:59]

人との出会いとは、時の出会いでもあるなぁ。
モノとの出会いもそうか。

時の符号を大事にしよう。
外的偶然は、内的必然でもある。 いや、逆か。

内的偶然こそが外的必然となって、人をして運命と感じるのだ。

ということでHanaさんとのお話はまだまだ続きそうなんだけど、そろそろ淫語マニュアルのレビューもやらないわけにはいかないので、さっきシコシコ作っていた。
森川圭監督の旧作ね。

あと今週は「猫と遊廓」の方も決着をつけないとなぁ。
コミックシーモアも一応登録したので、近々「どぶねこ」を読む予定。

淫語魔のおっちゃんはレズ好きかも 

  • [2009/11/14 23:38]

レズAVファンの中では、チョー有名なレビューアのHanaさんが、なんと最近マイミクになってくださったので、40過ぎのおっさんがいい気になってHanaさんに質問攻めをしていたんだけど、Hanaさんからも質問があって、その一つ「何故、淫語にハマったか、そのきっかけを教えてほしい」ということなので、またもや長いメッセージを書いて送ったら、これなかなかよく書けていたので、そのままボヤキに転載することにした。
※追記 ほんのちょい意味の通じにくい箇所を手直ししました。

この内容ならHanaさん側の情報は一切流れてないから問題はないでしょう。

あ、ちなみにHanaさんのブログね。

レズビアンHanaのレズビデオ鑑賞日記2
http://hanahana44.blog111.fc2.com/

お返事ありがとうございます。

とってもたくさん書いてくださったのでとてもうれしいです。
でもあの~、私はかなりしつこく面倒くさいオヤジなので、無理することはないですからね。
私としては返事をいただけるだけでも御の字でなので、なんならしばらくうっちゃってもらってもかまわないのです。私の好奇心につきあっていると、とんでもないことになりますので。

しかし興味の引くところてんこ盛りですね。
ああ困ってしまう。

欲張らずに一つひとついきましょう。

まず先にご質問から答えますね。

>なんで、淫語の世界にハマったのか私も聞きたいです。

ここは実は私も知りたいんですよ。
わたしのブログのテーマでもあります。「ボヤキの小窓」というブログは、私自身が自分のことを理解したくて書いているようなところがあります。

遠因・近因、含めていくつかきっかけがあるんですが、真っ先に思いつくのは、私がつきあったある女性とのSEXですね。

彼女はふだんから「おちんちん」という言葉を使うくせに、なぜか「おまんこ」という言葉をはずかしがって言えませんでした。
彼女は感じやすい人で、指マンやクンニだけでイケちゃう人でした。むしろ「挿入ではいけない」とも言ってました。

私も彼女もまだ若くて経験も豊富ではなく大人の知識もないものだから、お互い自分の性的嗜好がわかっていませんでした。お互いがお互いで自分の性を開発していったようなところもあると思います。

もっとも私の方は、とても好きな女性だったので裸で抱き合っているだけで幸せでした。 性的な快楽というよりお互いを承認し合う「儀礼」に近い形で性器挿入をしてました。
そんなだから私が射精しないこともよくありましたね。

そんなある日、同衾中にふと思いついて「ボクを褒めて」と彼女に言いました。
それまでの彼女はしずかにあえいでいる感じだったので、何か言葉がほしかったのかもしれません。
彼女は「たくましいわ」「ステキよ」「愛しているわ」などと言い始めました。

すると不思議なことが起こりました。濡れるだけでほとんど蠢動することのなかった彼女の膣内が収縮して、言葉を発するたびにうごめくようになりました。
そしてそれまで言うことがなかった「気持ちいい!」を何度も口にするようになりました。

体から絞り出すように「気持ちいい!」と言うので、私はどこが「気持ちイイの?」と思わず聞いてしまいました。
すると急に我に返って耳を真っ赤にするのです。照れ笑いを浮かべ、しがみついて顔を隠そうとするもんだから、とてもカワイく思えました。

すぐには畳みかけずに、今度はこちらから「好きだよ」「キレイだ」と相手の名前を呼んだりして腰を回すと、またもや彼女からいろいろ言葉が出始めます。

頃合いを見て、もう一度聞きました。
「どこが気持ちイイの?」

彼女は一瞬、ためらって、何かを思いついたような間があったあと「私のプッシーが」って言いました。
1年ほど語学留学の経験がある人だったんです。それから何度も「プッシー」を口にするんですけど、もちろんわたしは納得していません。

そこで「○○のおまんまんが?」って言うと、彼女は「おまんまん」の響きがかわいらしく思えたんでしょうね。気に入ったように「おまんまん」を連発するようになりました。

そうやっていろいろ言葉で誘導し、時には妥協したりインターバルを置いたりしながらようやく最後には消え入りそうな声で「おまんこ」と言わせることができました。
そのころには彼女は私の腰にふくらはぎを巻き付けるような感じ方をしだし、最後には軽く膣痙攣をしたのです。

でも不思議なことに私は最後までいけなかったんですよね。彼女ははじめて膣挿入でオーガズムを迎えたのに、私はその彼女を見ているだけで幸せな気分になってしまって。
ちょうどラブホテルを使っていたこともあって、それぐらいのタイミングで時間確認の電話があり、それでその日は終わりました。

で、それからは、どんどんエスカレートしていったって感じでしょうか。
今思うと彼女は明確にM気質の女性だったんですよね。
淫語はM女性がうまいです。痴女もMの心をもっていないとダメですし、乃亜さんはどう見てもドMですよね。

その彼女は私の甲斐性のなさで別れてしまったんですけど、今でもときどき思い返すことがありますね。
それもまだ「淫語」なんて言葉がなかった時代で、私は自然とそういうことをやっていたんですけど、あらためてそれが「淫語プレイ」と呼べるものなんだとわかったのはAVを見るようになってからなんです。

そのあともいろいろ変遷はありますし、「きっかけとなった彼女とのSEX」以前にも、淫語プレイらしきものはやっていたように思いますので、実際のきっかけはどこだったのか、あるいはなぜ自分は淫語に興奮するのかは未だによくわかりません。
先天的なものなのか後天的なものなのかさえも。

これ以上、書くとものすごくなるので、今日はこの辺りにしておきますね。

でわ。

実はこの文章を書き終わったとき、こんな生々しい文章を20代のうら若き乙女に送っていいものかと少し躊躇したんだけど、「できちまったもんはしょうがねえ」と思って送信をポチりました。

いんごま

うわゃぁぁぁあ、話の前提がくずれてますがな。 

  • [2009/11/12 19:15]

淫語魔さん 07:22 - 今日のどるちゃん情報
http://d.hatena.ne.jp/doller/20091112/1257978174

もっもっ、申し訳ございません。
「品川」ではなくて、「深川」なんですね。
「品川」よりもさらに下がる「岡場所」ってことになりますね。
天保の改革(1842年)で新宿、品川、板橋、千住以外の岡場所はすべて取りつぶされたので、それ以前の時代の話ってことでしょうか。

「品川の郭」という思い込みからどんどん連想していって、ああでもないこうでもないと個人的に楽しんじゃいましたが、まったくの事実誤認となるとうまく修正しないといけませんね。

いずれにしろ「どぶねこ」は読んでみたかったので、読んだらあらためて紹介し直します。その方が私としてもスッキリしますから。

実はこの話には二村さんとの伏線がありまして。
私が江戸の遊女を考えるとき、多少なりとも今のAV女優に置き換えて考えるところがあります。
で、そのことを以前、二村さんに話したことがあるんですね。

私の中では遊女、とりわけ吉原遊郭のような大きなところの花魁と「AV女優」は重なって見えます。 花魁を菩薩のように恋いこがれる町人がいる一方で、一度もそういうものを見ずに、ときおり浮世絵師の書いた美人画でその存在を知る人もいる。またその存在自体を悪処と切り捨てる人もいました。 今のAV業界に対する世間のイメージと重なるところがいくつかあります。

「AV女優」から遊女と一緒にするなと怒られるかもしれませんが、でも江戸の花魁も出世すると、たとえ相手が大名だろうが豪商だろうが気に食わなきゃ鼻にもかけませんでした。かといって入りたてはどんな辛い仕事も頑張らないといけない。 年季が明けて吉原を出たあとでも、また戻って品川宿あたりに流れて安い客を取ったりする。もちろん結婚して二度と戻らない人もいる。

なんか似てません?

この話自体は他の方にもよくするんですが、二村さんの場合はこの話に乗っかってきてくださったのです。そんな人は今までいなかったんでうれしかったんですけど、それで今回「江戸の遊廓と猫の関連」についてあらためてお話があった。
たぶん思いつきで実に他愛のない話をしただけなんでしょうけど、私としてはとても喚起される内容だったので、いろいろ文献あさってああじゃこうじゃ考えちゃったんですね。
私が猫好きってこともあるんですけど。

それでまたもやAV業界とからめて考えてしまったのです。
これは、いつか二村さんとお会いしたときの話として、とっておこうと思ったんですが。

たとえば「吉原の遊廓」はかつてのレンタルメーカー、「岡場所」はインディーズと置き換えることが出来るのではないか、とか。

「吉原」は格式があって時の幕府からもお墨付きがある。遊女も美人揃い。ただ形式的なしきたりも多く、年季が明ければ遊女は引退。
岡場所の方は吉原よりも見た目は落ちるが、格式ばった一見さんはお断りみたいなのもない。とにかく気安い。雨後のタケノコのようにあちこちにできる。

遊廓や岡場所以外にも「夜鷹」なんていうストリートガールがいる。
「単体」「キカタン」「企画」、それぞれ対応する遊女がいるように思います。

それからドルショックさんのおっしゃるとおり、吉原は岡場所に押されて危機感を募らせたことが何回かある。それで当時の幕府に泣きついて、私娼の取り締まりを画策する。
だからといって役人も岡場所全部を取りつぶしたりしない。大手の江戸四宿の岡場所は残してみたりする。
それも幕末になって幕府の資金繰りが悪くなるといろんな宿に許可を出してみたりして。

さらに時代は変わり御維新になって、色里の勢力図も変わっていきました。
吉原はたくさんある色町の一つでしかなくなり、後発の根津や玉ノ井なんかとしのぎを削ることになります。

このように私が江戸の遊女について思うとき、無意識に「AV」や「AV女優」と関連づけて考えてしまう。
だから私が「江戸の遊女と猫」について考えているときは、「AV女優と猫」と入れ変えて考えていたりします。

私たちが今、AV女優に対して思う社会的評価は、そのまま当時の遊女たちに対する世間の視線と重なるんじゃないか。
差別する人もいれば、女神のように扱う人もいる。トップを張れば浮世絵に描かれて江戸中に知れ渡る。
AV女優に対する扱いがピンキリなように、当時の遊女に対する扱いもピンキリだったのではないか。

「傾城にまことなし」という言葉がありますけど、その一方で遊女の貞節をテーマにした廓噺がいくつかあります。
私は何故か昔からそういう噺が大好きです。

柳家さん喬の「雪の瀬川」なんか聞くとボロ泣きしちゃうんですよね。

いまだ真の花を極めぬ為手と知るべし 

  • [2009/11/11 23:58]

ホントは「猫と遊廓」の話を書きたかったんだけど、今日、更新した小西那奈の手コキ・淫語・誘惑痴女がちょっとひどかったんで、やっぱり言及せざる得ない。

どうもこの手の淫語AVをリリースすることに納得がいかなくて、何を考えているのか、何も考えてないのか聞いてみたい衝動に駆られる。 「淫語」をタイトルに入れる以上は、そこそこの準備と勝算をもって臨むべきだと思うんだけど、この作品なんかあきらにか淫語に関しての用意がなされてないと思った。

前に松本監督とお会いしたときに、松本さんが知り合いの女性などに「どんなことを言わされたら恥ずかしい?」と淫語のリサーチをしているって言っていて感心してしまったんだけど、でも確かに松本監督の淫語AVってバランスといいタイミングといい、ちゃんと淫語がハマってる。

別に松本さんを見習えっていうつもりもないんだけど、どうせ淫語AVやるんだったら淫語のストックぐらいは用意しておいてもらたいものだ。現場でどうにかなるなんて考えているんだとしたら、こんな舐められた話はない。
いくらその監督が淫語好きでも、出たとこ勝負で淫語AVを作られたら偏った作品になることは必至だろう。

だからこそ自分は淫語AVを見るときに一つひとつ分類してみたりしてきたわけで、単に淫語を言わせれば成立するだろうって程度で淫語AVを作って欲しくないんだよね。
そんなの淫語AVマニュアルの淫語例を引っ張ってくればわかる話なわけだけど、でも淫語AVを作る監督やメーカーが全部、このサイトを見てくれているわけじゃないから、ここで文句を言っててもしょうがないのかもしれない。

ああ、むなしい。
こういう淫語AVが続くと凹むんだよなぁ。

こっちは自腹で買って、時間かけて淫語抜きして、カウントして、マニュアルには載せてないけど、ちょっとした淫語の分類までしてやっているわけ。そこまでデータを取っているとどこまで本気で淫語AVを作っているか感じ取れるもんなんだよね。
データを抜き終わってデータからもヒドいということが確認できると、ますますむなしくなってくる。

もちろん周到に用意しても、所詮こういうのはAV嬢の能力次第なわけだし、頑張っても頑張っても裏目にしか出ないこともあるだろう。
でもそういうのも見てればある程度わかるんで、そこの部分も含めて頑張った感じがないのはやるせなくなる。

わかんないなら違うジャンルの作品を撮ってくれ。頼むからこっちの畑を荒らしてくれるな。
はっきり言って邪魔なのね。お金と時間がもったいないわけ。

今回の作品の場合、このキョウセイって監督は小西那奈を撮ったのはこれがはじめてじゃないわけでよくよく考えていれば、どんな風になるか事前に予測がついたはず。
特に③の【AD君にイタズラ手コキ&セックス】なんて、山田万次郎を使って本番もやっていて、「おちんちん17 チンチン2」って言うのは理解に苦しむ。
万次郎は淫語に関して何もしてないし、させてもいないじゃない。
その気になれば淫語煽りだってできる男優に何もさせてないとはどういうことなのか。

というかもっと淫語煽りのうまい男優は他にもいるだろう。
そういうのも含めてこの監督はわかってないんじゃないか。

あと大島丈だけど、彼は宇佐美監督が撮っていた「光月夜也 誘惑女教師」にも出ていて、そこではそつのないM男をやっていたもんだから「あら、やればできるじゃん」と思って期待しちゃったんだけど、ダメだったね。
でも今回ばかりは彼のせいじゃない。あきらかに監督が悪い。

映像的には下手な監督じゃないんだけど、言葉の流れを読み切れいないんだろうな。
もう一回、同じ過ちを犯していたら、この監督の作品は見ない。

決してこの監督は淫語が好きじゃないとは言わない。
でも淫語AVマニュアルの管理人と比べたら淫語に対する熱があきらかに足りない。

この淫語魔のおっちゃんからすれば、あんたは淫語マニアでもなんでもないんだよ。
だったらその分、努力してその熱の差を埋めてもらわないと。
あんたは売ってる方になんだから。
その嗜好品を作って、それに金を出させようとしているわけなんだから。

最近、なんかAVを買う気が失せかけてるんだよねぇ。
なんかバカにされているような気分になる。
AV熱自体が冷めてきているのかもな。

「猫と遊郭」 次で打ち切りのその5 

  • [2009/11/10 20:44]

二村監督からいただいた「江戸の遊郭と、猫は、関係が深いというのは、現代の独身女性が猫を飼うことがあるのと似てますかねえ?」というお題には続きがあって、ご友人のドルショック竹下さんが、「品川の郭を舞台にした『どぶねこ』という作品をレディコミで書いて」たのだが中絶されているので「また再開されるといいなー」ということだそうだ。

※追記 「品川」ではなくて「深川」の誤りでした。くわしくは次の次の記事に。
http://ingoma.blog64.fc2.com/blog-entry-546.html

それで「どぶねこ」ってマンガを読みたくて探したんだけど、どうやらケータイのコミック配信サイト「コミックシーモア」で見ることができるらしい。
ただおっちゃん、基本的にケータイサイトって今ひとつ読む気になれないんだよね。

どうすっかなぁー。さっきから躊躇してるんだけど。

携帯でマンガを読んでみたい人は行くよろし。

どぶねこ
http://m.cmoa.jp/cc/amigo/regist_footmark.do?id=befa483f2f&titleMapId=49277

はじめて登録する人は315円で全8話、読めるみたい。

ところで二村さんは「品川の郭」と書いていたけど、細かく言うと品川に「郭」は存在しない。
自分もときどき間違って使ってしまうことがあるんだけど、遊郭の「郭」「廓」というのは「曲輪」とも書いて、基本的には特定の場所を取り囲んだ土塀のことをさしていた。
遊郭の場合だと堀があったり板塀で囲まれていたりする。それがやがて「曲輪」で隔離された妓楼のある場所そのものをさすようになった。

吉原には「お歯黒ドブ」と呼ばれる堀と板塀で囲まれ、郭内との出入り口には橋と門があって、そこからを出入りするようになっている。外界から隔離された場所なんだね。

一方の品川の場合は、品川宿の旅籠に「飯盛り女」という建前上は旅籠の従業婦がいて、それが春をひさいでいた。普通の旅籠の中にいくつか飯盛旅籠が点在していたわけで、「郭」で分離されていたわけではない。

これらのことを岡場所という。
吉原遊女は「公娼」だが、品川の場合は「私娼」ということになっていて、品川の岡場所は吉原よりも気軽に入れて安い分、容姿などは吉原よりもとんと落ちると言われていた。

ただし明治になると品川も「遊郭」が置かれるようなった。
というよりこの時代、売春する場所を隔離し、売春婦があまり自由に街中をうろつかせない施策が取られていたからで、正式には「遊郭」じゃなくて「貸座敷」って名称なんだけど、でも『品川遊廓史考』なんて本もあるし、「品川に遊郭が置かれた」みたいなことを書いている人もいるので、一般的に「品川遊郭」って言われてたんだろうね。

それでドルショックさんの場合、ブログでの説明を読む限り、

どぶねこ
誰も描こうとしなかった、てか描く気がしなかった臭気立ち込める私娼窟・岡場所で繰り広げられる遊女の恋草紙。

限りなくしょっぱい「負け組」遊女たちの悲しくも可笑しいショートストーリーに困惑せよ! ぷおー!!

2008-09-11 - 今日のどるちゃん情報

ということなので、吉原に劣る遊女のいる場所として品川の遊女にしたのかもしれない。
「岡場所」っていう言い方をしているので、江戸時代の話なんでしょうかね。
しかもキャラを見ると化け猫風で、これはあきらかに妖怪「化猫遊女」が念頭にありそう。

「化猫遊女」って言うのは、江戸時代に品川にいたと言われる妖怪で、結構、読本の題材に扱われることが多いんだけど、Wikipediaにはあまりくわしく書かれていない。
んでほかにないかと検索をかけても、みんなWikipediaの文章を転載しているだけで、めぼしいものがなかなかヒットしてこない。

ということで、以前、アダム・カバットが「化猫遊女」について書いていたものがあったから、ここからいくつか抜粋しておこうと思う。
そんでこの「猫と遊郭」の話の終わりとしよう。

ホントはまだいろいろ思ったことはあるんだけど、これ以上引っ張ってもねぇ。
以下次号。

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私の猫まで愛してほしい 

  • [2009/11/07 07:34]

昨日、久しぶりに献血センターに行ったら採血検査で引っかかって献血できなかった。
ヘモグロビンの数値が通常値よりもかなり高いとのこと。

「のどが渇きませんか?」と聞かれる。
確かに今日はやたらのどが渇く。献血センターの担当医に言わせると体に炎症を起こしていると赤血球が増えるらしい。体の中の菌と戦うためたくさん酸素を送っている状態なのだという。そのときに体は水分をほっする。

「風邪かもしれませんね。心当たりは?」
そう言われてみれば昨日の夜、くしゃんくしゃんやっていた。今も少し熱っぽいかもしれない。いつもにくらべて頭がポォーとしている。

仕方なくうちに帰る。今までも何回か献血しているが、血液検査の段階ではねられるなんて、こんなことははじめてだった。

家の前までくると、突然犬が駆け寄ってきて自分の足にじゃれついてきた。
黒のトイプードル。前の家の娘さんが飼っている犬だ。
ちょうどその娘さんが犬と散歩に出かけるところのようだ。

あいさつしながらしばらく犬と遊ぶ。
犬は人と触れる悦びを体全体にあらわす生き物だ。尾っぽを激しくフリ、人の肌をペロペロとなめ回す。おしっこも漏らさん勢いだ。

飼い主と二言三言、会話する。
彼女は美人で、あいさつもしっかりしていて、とても感じのいいひとだ。
いつも涼しそうな笑顔を浮かべて人と話す。
だが昔からどこか腹を見せないところがある。その謎めいているところもまた彼女の魅力なのだが、妙齢を過ぎてもいまだに独身。それまでに何人かつきあった人はいたが、運命の男性とは巡り会えていないようだ。

散歩に向かう彼女を見送ったあと、うちの玄関先まで来ると今度は猫がいた。
サビ猫。母がときおりエサを与えている野良だ。

猫はこちらの気配を感じてさっと逃げる。そしてジッと様子をうかがう。
飼われていない野良猫は、人に助けを求めることでもない限り、自ら近づいてくることはない。かならず一定の距離をおいてこちらを見る。

こいつらを扱うときは細心の注意が必要だ。
一度でも扱い方を間違うと警戒して2度とよってこない。

猫は気むずかしい。飼っている猫ですら自分の領域をもっていて、たとえ飼い主でもそこに無闇に入ろうものなら激しく拒絶する。
その媚びないところが猫の魅力でもある。

以前、友人が「犬を飼っているヤツは性格が猫で、猫を飼っているヤツは性格が犬っぽい」と言っていた。

犬を飼っている女性が猫っぽいのは本当のような気がした。

「猫と遊郭」 そろそろ終わりたいその4 

  • [2009/11/04 23:58]

さて薄雲伝説の続きだ。

三浦の親方耳に入て、薄雲に異見して、古より噺し伝ふ訳もあり、余り猫を愛し給ふ事なかれ、と云、薄雲も人々の物語の恐ろしく思ひ、韻愛怠りけれども、猫はたゞ薄雲をしたひ放れず、人々是を追放しければ、只悲しげに泣さけび、打杖の下よりも、薄雲が膝もとはなるゝ事を悲みけり、殊にかわやへの用たし毎に、猶も付行ける故、人々度々追ちらしけれ共、したひ来るゆゑ、いよいよ此猫見込しならん、と家内の者寄合相談して、所詮此猫を打殺し仕廻んとて、手組居る処に、薄雲ある日用達しにかわやへゆきしに、何方よりか猫来りて、同じくかわやへ入らんとするを見付、家内の男女、追かけ追ちらさんとす、亭主脇差をぬき、切かけしに、猫の首水もたまらず打落す、其首とんで厠より下へくゞり、猫のどうは戸口に残り、首は見へず、方々と尋ねければ、厠の下の角の方に、大きなる蛇の住居して居たりし其所へ、件の猫の頭喰付て、蛇をくひ殺していたり、人々きもをつぶし、手を打て感じけるは、是は、此蛇の廊に住て薄雲を見込しを不知、とがなき猫に心を付、斯く心ある猫を殺しけるこそ卒忽なれ、日比寵愛せしゆゑ、猫は厚恩をおもひて如斯やさしき心ねなるを、しらず殺せし事の残念さよ、といづれも感を催しけり、薄雲は猶も不便のまして、泪を流し、終に其猫の骸を道哲へ納て、猫塚と云り、是よりして、揚屋通ひの遊女、多くは猫を飼ひ、禿にもたせねばならぬように、風俗となりしとなり

ここは訳す上でそんな難しいところはないね。
ただ古文のリズムに現代文を合わせるのが難しい。

三浦屋の主人にもこの(薄雲が猫に魅入られているという)噂が耳に入って薄雲に意見して「昔から猫は魔をなす生き物だと言われている。あまり猫を愛しすぎてはいけない」と言う。
薄雲太夫も廻りの人の話から気味悪くなって猫を遠ざけるようにしたが、それでも猫の方は薄雲から離れようとしない。
店の人が追い払えば悲しげに泣き、棒で叩いても薄雲の側を離れることに悲しむ。ことに薄雲が厠に立つたびについていこうとするので、とうとう見捨てては置けないと店のものが相談して「殺してしまおう」ということになった。

その手はずを調えているとある日薄雲が厠に立った。どこからともなく猫も現れて、同じように厠に入ろうとする。それを見て店中のものが追いかけ回す。三浦屋の主人が脇差しを抜いて斬りつけると、スパッと猫の首が打ち落とされ、そのまま飛んで厠の下をくぐり抜けていく。あとには胴体ばかりが戸口に残った。猫の首を探してあちこち見て回ると、厠の下、隅の方に大きな蛇の巣があり、そこに猫の首が食らいついて蛇を食い殺していた。
人々は肝をつぶし、はたと手を打って思うのは、「これは、この蛇が厠に住み着いて、薄雲をねらっていた。そのことがわからずに罪のない猫に疑いをかけ、このような心ある猫を殺してしまったのはかなりの軽率だった。猫は日頃から薄雲に可愛がられ、その恩に厚く報いようとしていたのに、その優しい猫の思いもわからずに殺してしまったのは残念でならない」と誰もが心打たれていた。
ことに薄雲はいつまでも不憫に思い涙を流し、ついには猫の遺骸を西方寺に納めて猫塚とした。

これにより揚屋へ道中する遊女の多くは猫を飼うようになり、禿に持たせるような風俗となっていったのである。

この刎ねられた猫の首が飛んで、仇なす蛇を食い殺す話はほかにもある。
たとえば、山形県にある猫の宮の話。

あと蛇を食い殺したのが猫じゃなく犬だと、民話として同系統の話がたくさん残っている。
いちばん古そうなのは、秦河勝の犬の話。

だからこの猫の報恩譚自体はあとからつけられたのだろうって話になる。

江戸の読本作者、山東京山も『朧月猫の草紙』の中でそのことを指摘している。

朧月猫の草紙

ちょっと長くなるけど、全部書き出してみる。

○猫恩を報ずる話
寛文年中の人の作に松下庵随筆といふ写本あり 巻の六に見えたる猫のはなしをこゝに指摘(とりつま)む。
●万治のころ 京のをかざきといふ所に住む浪人のむすめ 畜猫(かいねこ)を愛すること 親が子をあいするよりはなはだし ねこも此のむすめになれしたいて かたときそばをはなれず 娘 厠にへゆく時かならずついてゆく事 常なりければ なにがしのむすめはねこに見入られしなど人のうわさするよし おやたちききてうたてき事におもひ ある日むすめにかくして猫をすてけり さとその夜 むすめかわやへゆくとてえんがはをとおりける時 庭の志げみより大へび箭のごとくとびきたり むすめにとびつかんと志たるに かのねこいつのまにかへりけん むすめのうしろよりはせいでとびかゝるへびのかしらにくひつきければ むすめああとさけびておどろくこゑにちちはははせつけ手燭(てしょく)にてらしみればねこはへびにまかれながらへびをくいころし 目はなよりちしをながれて志しけり さてねこは日ごろのおんをほうじたるらんと①
②あつく(ほうむ)り蛇の志がいはやきすてけるに むすめがねにはめたる指環(ゆびわ)のうせたるがへびのはらよりいでけり さては此のへびこそ娘ほ見入れたれねこはそれを志りて娘のそばをはなれずまもりたるならんと猫が義心をかんじけりとかの浪人に志たしき人にきゝぬ」とかの本に見えたり。京山(あんずる)に遊女うす雲がねこのはなしはこれにもとづきたるそらごとなるべし太平廣記巻の四百四十猫の部に猫が(たつ)になりたるはなしもあればおんを志りてへびをくいころしたるはま事なるべし

ああ、書き出すだけで疲れた。

んでこれをまた全文訳すのは大変だなぁ。

要するに寛文の頃に(1661~72)に書かれた『松下庵随筆』という本に、万治年間(1658~60)京の岡崎にいた浪人の話として、浪人の娘の飼い猫が、娘が厠に行くと必ずついていくので、娘が魅入られたと心配する。そこで娘にだまって猫をこっそり捨てる。その夜、厠で娘が蛇に襲われそうになる。そこへ捨てたはずの猫が走ってきて蛇と格闘して食い殺す。どうやら娘に魅入ったのは蛇の方で、猫は飼い主を守るために側からはなれず、ついには娘を救ったという話。

それで山東京山によれば、あの有名な薄雲太夫の猫話は、この話をヒントにして作ったフィクションだろうと言っている。

この『朧月猫の草紙』のこの箇所が書かれたのは1848年なので、薄雲の時代から150年近く経っていることになる。

洟をすすりながらAVを見たことないヤツにはわからんのだろうな 

  • [2009/11/03 23:55]

今日更新した作品データは、すでに日曜日の時点で淫語抜きが終えてあって、頑張ればその日のうちに更新も出来たんだけど、このところいろいろトラブルに巻き込まれていたもんで、落ち着いてパソコンに向かう時間がとれなかった。
途中から「文化の日にまとめてやればいいや」ってなって、今日にいたる。

それで佐伯奈々さんの雌女だけど、この作品は佐伯奈々の魅力がいっぱいつまっていて、またまたアウダースが殊勲を立てたなぁって思った。
やはり作品としてすばらしいと淫語も映える。

ライターの雨宮さんもてぃんくるの日記で、いつものように洟をすすりあげながら(心の中で佐伯奈々の肩を抱き、背中をポンポンと叩いて「うんうん、なにも言わなくていいから」とか書く勢いで)褒めちぎってました。

雨宮まみさんのブログ 2009年 10月29日 今週は

いろいろぐちゃぐちゃ説明してもしょうがないんで、最後のコーナーである「#005 彼女のお家で初エッチ」のところを見てもらおう。

まずはこのコーナーの撮影後の感想から。

次に「#005 彼女のお家で初エッチ」の「恥ずかしい空気」が流れていたところをいくつかつなぎ合わせてみた。

適当に恥ずかしがっているところをつないだだけなのでわかりにくいかもしれないが、キスをしては我に返り、おっぱいを揉まれては我に返りして、恥ずかしい気持ちを押さえながらカラミが進行していく。

カメラは回っている。
裸になる。淫語も言わなくてはならない。
頑張って絡む。カメラを見る。
思わず顔を背ける。「恥ずかしい」と声に出してしまう。
しかしまたそこに悦びも垣間見える。

かわいいじゃない。

真正のどMですな。

いずれにしろこれを引き出してきた雌女スタッフのがんばりはすばらしい。
監督、カメラ、プロデューサー、その他、現場を盛り上げるスタッフたち、そしてこのシリーズに出演している主観男優もよくわきまえている。
彼は単なるマグロになってはいない。ちゃんと演技をしている。

これを見れば一目瞭然だが、主観AVとは結局、女優の反応を楽しむAVでもあるのだ。
主観男優の個性は、相手の反応の引き出し方や、リアクションの取り方に現れる。だからといってオーバーな演技はおかしい。あくまで女優の反応を引き立てる動きでなくてはならない。

だから主観男優に髭はいらない。声も必要ない。刺青なんかもってのほか。
そんなことでしか個性を読み取れない人は主観を作るべきではない。
でも作りやがるんだよなぁ。
はっきりいって邪魔なんだよ。

ということでアウダースの頑張りによって見ることの出来る「普段、彼氏にも見せたことのない」佐伯奈々を見たい人はとにかくこの作品を見るように。

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