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巡る淫語は糸車 

  • [2012/01/25 08:33]

今月の頭に、淫語スレの人にマザーズ作品の淫語カウントをしといてくれと言われて、なるほどまだ淫語のメイン作品は作れてないが、まったく言っていないわけではないので、淫語カウントをしておくべきだなぁと思って、実は全作品の淫語カウントをしているところ。
MotheRsの作品はどれも、淫語が全くないということはなく、スパイス程度には使用している。自分は淫語が全くない作品だと抜けない人なので、そこは気にしながら制作現場にいるが、今のところそこの心配はいらないようだ。とりあえずこの女優の淫語発言は聞けますよってことは最低限クリアされている。それでも種類や台詞によって天国と地獄に別れたりするので、そこはなんとか情報として出しておきたい。

本格的な淫語メインの作品に着手するには、まだまだ淫語魔に用意が足りない。
それは作品制作の力量もさることながら、MotheRsというメーカーがある程度、軌道に乗らないと本当にやりたいことができないということもある。
ビジネスである以上、シビアな話なのだ。
業界のいろいろなしがらみも少しずつわかってきた。その中で自分たちが一番やりやすい形を作っていかないといけない。
ただスタート当初に比べれば、MotheRs内での自分の発言力は増している。こちらはとにかくど素人。そう簡単に業界の人に信頼されるはずもない。
そういった意味でも何もかもがこれから。起業というのはどこの世界でも大変ということだ。みんな生活がかかっているしね。

MotheRsは本当に人手が少ない中をやっているので、広報活動も体勢を整えるのに時間がかかっている。自分も制作だけでなく広報活動の一環として、ライター仕事の方でも書きまくらないといけないと思っていた。大きなメーカーのように他のライターに任せるほどの余裕はMotheRsにはない。
そこでどうせ淫語のカウントをするのなら、そのついでにMotheRsの作品の全レビューもやってしまおうかと考えていて、ようやく先週の水曜日にリリースされている全作品を取り寄せることができた。

しかし「紅蓮のアマゾネス」を説明をしていく中で、これはベイビーエンターテイメントの「女体拷問研究所」全シリーズを見ておく必要があるなぁと思い始めた。「アマゾネス」はやはりベイビーの裏なのだ。
しかも今後、発売予定の新シリーズを考えると「女研」は徹底的に解剖分析しておく必要がある。前々からKoolong監督にもレビューの要望があったので、こちらも全作品を先週の土曜日に取り寄せた。
MotheRsは11タイトル。「女体拷問研究所」はシーズン1とシーズン2で各13タイトル。合計37タイトル。
しびれる話だ。

今、見て準備を進めているところだが、来月の頭にはMotheRsのホームページとベイビー関連のサイトに文章を定期的に書いていくつもり。

MotheRs関連以外にも淫語魔のお仕事が増えていっているので、その告知はまたそのうち。
今年はかなり忙しくなりそう。

そうそう、一昨日の月曜日にビーバップ・みのる監督の自宅を訪問した。
非常に有意義で楽しかったのだが、そのときの話は、とある媒体に書くことになっている。それがまた思いもしないところからの仕事なので、掲載されたらいずれまた。
いやあー因果は巡るなー。

淫語とは何か -5次元淫語の発見- 後編  

  • [2012/01/12 01:22]

その日はMotheRsの『オナクラ』の撮影日で、3人の女優を撮り下ろすことになっていた。
3人とも淫語台詞に関してはそれぞれがエロく言えていたが、やはり官能小説を読ませる段階でその違いが歴然となった。その中の一人が図抜けていたのだ。
他の二人はそれなりにうまくはあったのだが、やはりどこか文字に読まれているようなところがあった。だがもう一人の女優さんは間の取り方から、声のトーンから、いっぺんにその場の空気を自分色に染めていった。
彼女の方も自分で作ったエロ空間の渦に呑み込まれながら朗読していたようだ。

その後、それぞれの撮影をしていったのだが、案の定、その女優さんはものすごいパフォーマンスを見せてくれた。二村監督の言うことに対して大変高い理解力を示し、自分なりのイメージを作って淫語オナニーを披露した。
監督の言いなりになるのではなく、彼女なりの解釈で一緒にその作品を作ろうとしてくれていたことが明らかだった。

これで気をよくした自分は、その後も機会があるごとに「淫語トレーニング」で何人かの女優に朗読をさせた。
たまたま女優さんたちに恵まれ、すばらしい朗読劇をやってくれた。
そして、彼女たちのパフォーマンスは『女神降臨』でも、『男魂快楽地獄責め』でも非常にいい働きをしてくれた。

それにしても、なぜうまい下手があるのだろう?
聞いていると明らかに違いがある。それはいったいどういうことはなのだろう?
そこで自分は考えた。
そこに明らかに位相がある。4次元淫語が3次元淫語を誘導するのなら、4次元淫語を要素とした5次元淫語があってもおかしくないのではないか。

自分は当初「淫語のエキスパート」としてMotheRsに参加した。今、使っているMotheRsの名刺にも「演出・淫語監修」という肩書きがついている。
淫語のうまい女優さんは放っておいても勝手に独自の世界を築いていく。そういう人には自分の出る幕はあまりないかもしれない。
問題はあまりうまくない女優が出てきたときだ。その女優さんに淫語のすばらしさを教え、淫語女優として開眼させるのは自分の役割ではないか。

AV女優さんでも突然、淫語が上手くなる人がいる。そういう人を見ると、いったい彼女の中にどういう変化が起きたのか、不思議に思うことがあった。
そのメカニズムがわかりたい。せっかくそういうことを確認できる場所にいるのだから、言葉エッチの正体を知りたい。どうせなら淫語のエンターテイメントを極めたい。

何人かの女性に淫語官能小説を読ませてみて、そこに何かあるのはわかっていた。
しかしそれがなんなのかよくわからない。実はこうして書いている今でもわかってはいない。

昨年の12月にあの伝説の淫語女優・風見京子さんに「淫語トレーニング」をやる機会があった。
ただし撮影時間の段取りを考えると、それを決行する隙間がなかなか見つけられずにいた。最後までやるかどうか迷って、トレーニング用の原稿を渡せずにとうとう風見さんが帰る時間になってしまった。諦めきれなかった自分は、なんとか風見さんにお願いをして、無理をいってカメラを回させてもらった。
したがって原稿は、やる直前に渡すこととなり、初見で官能小説を読んでもらうことになってしまった。

他の淫語トレーニング自体は大変に貴重でいいモノを聞かせてもらったのだが、肝心の朗読になって、やはり思ったほどの成果がでなかった。
風見さんはそれなりにうまかったのだが、初見のせいでどうしてもつっかえつっかえになってしまう。さらにこちらのミスで脱字がみつかり、そこでも混乱をさせてしまった。
焦ったのは自分だ。ただでさえ憧れの女優を目の前に緊張しているのに、こちらの失態でさらにおかしなテンションになる。
風見さんには申し訳ないことをした。明らかに配慮が足りなかった。

それまでの「淫語トレーニング」はいったんは女優さんに原稿を渡してあるので、少なからず目を通してもらっている状態であった。またトレーニングを始めるときも、女優さんに官能小説の内容を軽く説明したりしていた。
ところが風見京子さんにはそれができなかった。
何の説明もない中、読ませればたとえあの風見京子をしても、自分の世界に取り込んで朗読することは無理であろう。

ある意味、これは一つの証明になっている。文脈を読み取る力が場を制する。言葉で場を制するのが、4次元淫語である。
でもどうして文脈が読み取れるのだろう?
逆にどうして文脈が読み取れない女優がいるのだろう?
そもそも文脈を読み取るということはどういうことなのだろう?

実際、風見さんはそれなりにうまい朗読をしてくれた。決して下手ではない。
風見さん以前の、「それなりにうまい女優さん」たちは、事前に原稿を渡し、ひょっとしたら控え室で少しぐらい練習をして臨んだかもしれない。
でも、それなりにうまく読むことはできても、自分独自のエロ空間をつくり上げることは、まったくできていないわけではないが、難しいようだった。。
一方、風見さんのように撮影ではこちらの要求以上のことをしてくれるような人でも、初見の原稿で何も説明を受けずに読んでしまえば、うまく読むだけにとどまってしまう。
これはまるで微分積分のような状態になっているわけで、このあたりに5次元淫語らしき位相空間があるのではないかと考えたりした。

ここでずっとモヤモヤしている。
まだなにか見落としているところが間違いなくあるのだ。
それでずっと解を求めて、共通項を探している。

淫語のうまい人は、しゃべり方がいい。
淫語のうまい人は、語彙が豊富。
淫語のうまい人は、表情が豊か。
淫語のうまい人は、妄想力がある。
淫語のうまい人は、擬音に特徴がある。
淫語のうまい人は、助詞の使い方がユニーク。
淫語のうまい人は、文字情報でオナニーができる。
淫語のうまい人は、ペットに話しかけたり、人形に話しかけたりする。
淫語のうまい人は、読書家である(あった)。
淫語のうまい人は、マンガ好き。
淫語のうまい人は、ときどきオノマトペを口にする。
淫語のうまい人は、実はオタク。

幸運なことに、今は実際にAV女優さんたちに会って確認できる。
そしてほとんど当てはまる人が多い中、ときどきまったく当てはまらない人もでてくる。しかしその人もAVを見る限り、淫語がうまい。
いくつか思うことはあるのだけれど、まだボヤキに書けるほどにはいたっていない。
むしろ、今後の撮影の中で、これらのことがわかってくることを期待したい。
というか、わかりたい。

今までは、「そんなことを考えてAVを見ているヤツは他にいない」ということでボヤキの小窓を書いてきた。
これからは「そんなことを考えてAVを作っているヤツは他にいない」ということでボヤキに書いていく。
それで最終的には理想の淫語作品を作って淫語魔は終了する。

一言、「満足した」といえば、メフィストフェレスが連れてってくれるだろう。
あるいはグレートヒェンか。
それなら、まさしくMotheRsじゃないか。

淫語とは何か -5次元淫語の発見- 中編  

  • [2012/01/11 00:01]

三次元淫語

さて淫語には発話者がいる。発話する者はどこかに向けて発話しているはずである。
自分はこれを大きく二つに分けた。すなわち明らかに誰かに聞かせるための淫語を痴演淫語、誰に対してというわけではなく思わず出てしまった淫語を痴悦淫語とした。

痴悦淫語というのは、「オマンコ気持ちいい!」といったような独白淫語だ。
独白というのは自分に対して言っているだけでもないだろう。思わず出てしまうものもある。その無意識に口からでた言葉を認識することで、自分の感情に気づかされることは大いにあり得ることだ。

言葉というのは、コミュニケーションツールであると同時に、自分の考えを明確にする道具でもある。また「自分の言葉で語る」という言い回しもあるが、実際のところ、言葉そのものは自分以外の誰かが考えたものである。つまり他者がいてはじめて存在するものであり、ほとんどの場合、子どもの頃に社会の代弁者、たとえば母親などからインストールされたものである。

したがって何かを言葉にした途端、それはいったん自分という意識体から離れ、意識の外にもう一つ別の自分を作り出すことになる。
思わず出た独白の場合、その言葉は、あるいは願望であったり、感情の吐露であったり、場合によっては暗示であったりするかもしれない。祈りの言葉、神のようなものに聞かせるためのチャンティングである場合もあるだろう。

性的な行為のときに、気持ちよくなっていってわけのわからない言葉を口にしてしまう人がいる。実際の撮影でも、女優さんにオナニー中、「おまんこ」を連呼させて理性の歯止めを飛ばした女優さんがいた。
そういうところに女の生臭さを感じ、ものすごくエロいものを見た気分になることがある。
それは淫語の醍醐味の一つである。

このように痴悦淫語も語り出せば奥が深いが、問題は痴演淫語の方だ。こちらはいろんなパターンが考えられる。
発話対象は、目の前にいる相手、特定少数、不特定少数、不特定多数。
能動であれば痴女性がでるし、受動であれば強制淫語ということになる。

また淫語の発話形式も、講演、演説、告知、朗読、討論、命令、叱責、指導、対話、会話、挨拶、告白、懇願、懺悔、つぶやき、絶叫、ボヤキ、反応とそれぞれだ。

もっとも痴悦、痴演とわけるにはわけたが、実際はかぶっている場合もある。
相手に対して言っているはずが、言いながら自分も興奮してくることがあるだろうし、思わず出てしまった言葉だったのが、相手がそれを聞いているということがわかり、ますます拍車がかかるということもあるだろう。

言葉というのものが、どこかに向けられて発せられている以上は、誰がどういうつもりで言っているのかを意識していないのはおかしい。
相手に対して言っているのか、自分に言っているのか、モノに話しかけているのか、祈りに近いものなのか、そういったことによって声のトーンやリズムは変わってくるはずで、そこを意識すれば、「おちんちん」か「チンポ」かの選択もその人のキャラなりに連動してくるはずだ。
たとえばM男性を使ったS風痴女淫語なら「なんだこれ、包茎チンポかよ。しょっぼいなぁ。なぁチンポ、こんなんで私にどうしろっていうんだよ」というかもしれないし、癒やし系の母性たっぷりな痴女なら「あらら、皮かむりのおちんちん。亀頭が隠れちゃって、かわいい。ほぉら、ゆっくり剥いていきましょうね」というかもしれない。

こういった発話者の態度を意識した淫語を3次元淫語と呼ぶことにしよう。
これは位相の違いなので、1次元淫語も2次元淫語も、3次元淫語の要素として扱われる。

四次元淫語

特にドラマものなどで顕著なのだが、たとえば教師と生徒との関係なら、それぞれがそれに見合った背景を背負っているはずである。当然、それに沿った台詞が出てこなくてはおかしい。したがってAVでもドラマ部分に関してはきっちりとした台本が用意されていることも多いが、カラミに関しては、これだけは言ってほしいというマストの台詞はあるが、あとは基本的に女優や男優のアドリブまかせになってしまうのが普通である。
もちろんFAプロやサイドビーのように、セックス中でもカット割りをして台詞をつけるところもあるが、それだとお芝居臭くなってしまうし、擬似でのカラミならまだしも、本番の場合、男優の勃ち待ちの危険性だって出てくる。そもそもカラミに台詞はどうしても必要なのかということを考えると、あまりきっちり書くことはそう多くないのかもしれない。
むしろ細かいところは、女優と男優に任せた方が自然なカラミになる。
そうなるとあとは演技力次第。

淫語作品の難しいところはこういうところで、カラミ中に淫語を言うのは必須である。
となるとどこまで監督が指示をし、どこまでマストの台詞を決めておくか、あるいはどこまで女優や男優にまかせるか、そのあたりが問題になってくる。

もっともマストの淫語の言う場所はだいたい決まっている。
冒頭導入部、性器露出時、手コキ指マン開始直前、フェラ・クンニ開始直前、マンぐり・チンぐり時、挿入直前・直後、別の体位への移行時、発射の意思確認、発射後の感想。
たとえば、もしも童貞生徒と女教師の関係なら、女教師が童貞のおちんちんに注意を向けたとき、女教師と童貞生徒の関係を意識した淫語台詞があってしかるべきだ。

しかしここだけ言えばいいかというとそうもいかない。
上手い痴女女優は、このポイントとポイントの間をうまく言葉でつないで盛り上げていくことができる。そこに差が出てくるのだ。
そのときに、自分が女教師であること、相手が童貞の生徒であることを忘れてもらっては困る。それだけでなく、いろいろなストーリーを抱いて、そこに台詞を乗せていかないと単調に聞こえてくる。

たとえば「山田君、授業中、先生の口元ばかり見てたじゃない? 知ってたのよ、先生。ねぇ、ほぉーら、女の人に咥えられてどう? おちんちん、先生のお口、気持ちいい? 本当は先生も前から山田君のおちんちん、舐めてみたかったんだぁ」ぐらいの小話をちょいちょい入れられる女優は最高である。これができないボキャブラリーの少ない女優だと聞いている方は飽きてくる。おそらく言う女優だって飽きてくるはずだ。
一方、できる女優はイメージがどんどんわいてくるのであろう。
そのリアリティーにその女優の言葉によって作られたエロ空間は渦を巻いてさらに場を盛り上げていく。優れた女優はまちがいなく言葉で場を制しているのである。

今のは痴女の例だが、これは男が女性を言葉責めする陵辱作品でも同じことだ。
下手なSMビデオの言葉責めは、男優(もしくは監督)のこういうセンスが弱いのである。

このエロ空間を読みながら、淫語を使って独自の世界に引き込んでいく。そのような淫語を4次元淫語ということにしよう。
台詞も単に「マンコが気持ちいい」とか「チンポが勃ってる」とかだけではなく、「ああいいわ、あなたのおちんぽ、すごーい、すごーく反り返ってる。ああ、すごーいステキ。ああっすごいわぁ。ああ、おまんこにぃ、先生のおまんこにあたって、先生のおまんこも溢れちゃうぐらいよぉ。ねぇ、あなたの童貞チンポ、ヌルヌルしてるとこ、ねぇ、くっついちゃってるわよ。ああステキぃ」ぐらいのことは言ってくれるはずだ。

ときどき、どういう人が淫語のうまい女優かと聞かれることがあるが、自分はいつも言葉でオナニーができる人とこたえていた。それは結局のところ、独自のエロイメージを持ち、それを言語化で出し入れできる人ということだ。言葉を使うことでイメージがはっきりしてくる。そして言葉は次の言葉を生み出す。それにともない、イメージはどんどん広がっていくのである。

そういった意味で、淫語のうまい女優は4次元淫語を体得している人だというのが、当初の自分の抱いていた仮説であった。
イメージの広がりを持つ4次元淫語は、3次元淫語を誘導するのである。
そしてこれは高次元になるごとに、どんどん淫語の特殊性が消えていき、普遍的なエロスに近づいていっているようだ。
このボヤキで淫語からエロスを考えていけるのではないかと言ってきたのはこういうことである。

以上、これらをもとにMotheRsの撮影で「淫語トレーニング」なるものを開始した。
女優さんに、まずは1次元淫語としていろいろな種類の男性器・女性器を言わせ、2次元淫語として簡単ないくつかの淫語の修飾句を言わせ、3次元淫語として実際にAVの中で言っている抜き出した台詞を言わせてみる。それがうまく言えれば、その女優さんは4次元淫語を理解していることになる。

ところが、どうもそれだけだと4次元淫語の有り様がはっきりしない。
AV女優さんというのはすごいもので、それなりに現場をこなしてきた女優はそれなりにいやらしく言えるのだ。

そこで思案の末、淫語魔自作の官能小説を読んでもらうことにした。
濡れ場の朗読がうまい女優はきっとすぐにストーリーに感情移入ができるだろう。言葉に興奮して盛り上がってくれるに違いない。
台詞とは違って、地の文章である。状況説明など客観的な視点も失ってはいない。
まずは空間を認識して、登場人物の心情をだぶらせ、その中で淫語の会話文を読ませみる。
それが迫真の言い方で読めさえすれば、まちがいなく4次元淫語の使い手と言えるだろう。そこで差がはっきりするのではないか。
そう思った。

(どうやらまだ続く)

淫語とは何か -5次元淫語の発見- 前編 

  • [2012/01/10 00:18]

「淫語」というのは、96年に松本和彦が『一期一会』シリーズで、AVをジャンル分けして売るというコンセプトのもと名付けられたもので、それ以前の未分化状態の頃は「痴語」「卑猥語」などと表記はバラバラだった。もちろん淫語プレイそのものは『一期一会』以前からあったわけだし、作品的にも91年に発表されたゴールドマンの『無差別級淫乱症 藤小雪』(ヴィーナス)が淫語特化の最初の作品と考えてよさそうだが、初めて一つの概念として成立させ、そのジャンルに名前をつけて広く流布させたということで言えば、『一期一会』シリーズの一作品、『淫語』を基準点として考えるべきだろう。

さらに松本監督の話によれば、SODの初期のヒット作『淫語しようよ』も、企画に困っていた菅原ちえに松本和彦が助け船を出してまとまったということらしく、この作品をもって「淫語」という言葉の定着が決定打となったことを思うと、やはり松本和彦とSODの功績に帰するところ大であろう。すなわち「淫語」とは、カオス状態の中、松本が名前をつけて見い出し、SODの菅原がテレビのバラエティー感覚で育て周知させたものといっていいだろう。
テレビでは放送禁止用語であるものを、テレビ制作の流れをくむSODがエロとして売りだした。
その流れで考えれば、SODが当初、淫語にエロを感じていた理由がわかるような気がする。つまりは、制作者自体が禁忌と解放というエロスのメカニズムを強く感じていたということだろう。

松本和彦が『一期一会』で想定していた「淫語」とは、早川優美に「この作品はズバリ、いやらしい言葉がだーい好きな人たちだけのビデオです。特にその中でも、放送禁止用語に、とことんこだわってみました…ってなことで、まずは、わたくし、優美ちゃんが、エッチなエッチなファックに挑戦しようと思います。それじゃ、はじまり、はじまり」と言わせていることから明らかなように、「放送禁止用語を軸にしたいやらしい言葉」ということだ。
ただし放送禁止用語というのは、明確なガイドラインがあるわけではなく自主的なもので、せいぜい「公では禁忌になっている言葉」という曖昧な形でしかくくれそうにない。
該当する言葉で間違いなさそうなのは男性器・女性器ぐらいだろう。
したがって淫語というのは、「男性器・女性器を中心にした言語群ということであり、それを基軸とした性的表現」あたりでとりあえず納得するしかない。

もう一つ、別の判断基準がある。
『一期一会』がリリースされた頃のAVは、レンタル系が主流で、これらの作品では「チンポ」「おまんこ」は、まずビデオ倫理協会を通す段階で音声が修正されてしまう。レンタル系の自主規制団体・ビデ倫では性器をモザイクで隠すのと同等の意味合いがそれらの言葉にはあったのである。したがって「淫語」とはこういったビデ倫に引っかかりそうな言葉という言い方も出来る。
レンタル系では決して聞くことのできない言葉を、ビデ倫を通さないインディーズのセルAVでは聞くことができる。
『淫語しようよ』が価値を持ったのはそういう背景があるからであり、だからこそ当時は淫語が聞けるというだけで大ヒットしたのである。

一次元淫語

いずれにしろ、淫語の定義は、松本の『一期一会』とSODの『淫語しようよ』に基準を求めるべきである。
具体的には「オチンチン」「チンポ」「マンコ」「オマンコ」など、性器表現が有る無しでもって、淫語作品かどうか判断されなければならない。
嘆かわしいことに今でも、タイトルに「淫語」を入れている作品で、まったく「淫語」が出てこないというものが結構あるのだ。
注意喚起のためにあえて例を挙げると、たとえばアートビデオの『SM淫語噴射』シリーズがそうだった。

こういう作品を見つけてしまうとたとえそれが100円レンタルといえども相当、頭にきて眠れないものである。ましてやそれが購入したのならなおさらだ。
こっちは3千円なら3千円、金を払い、夜中に楽しみにして見たりしているのである。
そのお金と時間と楽しみにしていた気分をこの男に返せと言いたい。
なぜ制作側の勉強不足のせいで、こちらが馬鹿をみなくてはいけないのか。
こういうのを見ると、その監督に直接会って、あなたは何年、このAV業界にいるのか、松本和彦の『一期一会』やSODの『淫語しようよ』は見たことがあるのか問い質したい気分になる。

ということでまずは男性器・女性器の淫語ありきである。
これをとりあえずは一次元淫語と名付けることにしよう。
なぜなら、ただ淫語を言ってればいいわけではないからである。

二次元淫語

言葉というのは記号としての部分と、それを指し示す意味内容としての部分に分かれる。
ソシュールのシニフィアンとシニフィエでも、仏教用語の能詮・所詮でもなんでもいいが、言葉には記号部分が同じでも、その指し示す内容は人によって違ったイメージが伴うものだ。
またそれとは逆に、同じ意味内容を指す言葉でも、その表現の仕方は何種類もあるといえる。

もしも言葉がただ単に意味さえ通じればいいということなら、「アソコが濡れている」でも「股間が濡れている」でも「おまんこが濡れている」でも、なんでもいいということになる。
その違いが感じられないのであれば、確かに「おちんちん」も「チンポ」も指示内容が同じなのだから一緒だろう。

しかし実際はそうはいかない。
淫語といっても、どの言葉を聞きたいかは人それぞれで、男性器であれば「チンポ」なのか「おちんちん」なのか、「キンタマ」はあるのか、「チンポ汁」はどうなんだ、みたいなことが大事であったりするのだ。
その女優のチンポ発言が聞きたいのに、買ってみたらなかったではすまされないのである。

ところが淫語をタイトルに入れている作品で、そのことを明記しているメーカーは本当に少ない。10年前のSODはそのあたりをちゃんとやってくれていたのだが、今は見たことがない。
SODですらそうなのだから他は推して知るべしだ。辛うじてアロマ企画とアウダース、映天系のいくつかのレーベル、それとドグマのみのる監督の作品が、台詞の抜き出しをすることでニュアンスを伝えてくれている。
やはりパケ等に記載するのは、デザイン的に見映えが悪いということだろうか?

しかしながら、淫語が聞きたい人間はそんなことは関係ない。どんな理由があるにせよ、不親切であることには違いがないのである。メーカーの広報担当者はまず淫語の記号には種類があり、そしてそれは淫語マニアにとってものすごく重要なことであるということを理解するべきである。

それは制作する側もそうで、そもそも淫語の記号部分と意味内容は次元の違う話なのである。その違いを意識せずに淫語作品など作れるはずもない。

ついでに言えば、同じ記号でも「音声記号」と「文字記号」とではまったくもって違う。
よく書き言葉をそのまま台詞にして言わせる下手くそなシナリオを書く人がいるが、そういう人はまずもって他人の話している言葉というものを斟酌できない人間ということになる。
「書き言葉」と「話し言葉」は違う。小学生でもわかりそうな理屈である。

このように、「記号と意味とは次元のズレがある」と意識することで別の地平が見えてくる。
これを2次元淫語としよう。

文章を書く人間ならわかると思うが、同じ意味内容を伝える文章でも、ある人間が書けば非常につまらないものが、ある人間が書けば胸にせまってきたりする。
自意識をこじらせまくっている文章もあれば、ヘミングウェイのようなハードボイルド調の名調子もある。文章の上手下手があるのはまさに記号と意味内容に位相があるからだ。

ふつうの文章でもそうなのだから、「淫語」という局所的な文脈にも違いが生じるのは当然である。すなわち「ヌルヌルのマンコ」と「ビチョビチョのマンコ」は違うのである。

先ほどの話に戻るが、この違いを斟酌できない愚か者が作品のパッケージを担当すると、淫語マニアにとって大変迷惑なものができあがる。
淫語AVマニュアルで例を引くなら、これなんなんかがそうだ。ビックリするぐらいの虚偽記載だ。
こういうのをやられると本当に悲しくなるのだ。

考えてみてほしい。
「ママのお口にいっぱいチンポ汁出していいよ♥」と吹き出しで書かれたら、この綾瀬ひめが、この言葉を口にしてくれているんだろうとエロ妄想に火がつく。そして店頭でああでもないこうでもないと他の作品を選びながら、最終的にはこの言葉を綾瀬ひめから聞きたいとチョイスして2980円を払うとしよう。家に持ち帰って、再生。120分間、その言葉が聞けるのをチンポを握りながら待つ。
無い。なかなか言いそうにない。それでも信じてそのときを待つ。
しかし無情なことに最後までその言葉がでない。「END」の文字で目の前が暗くなる。
そのときの絶望感と怒りといったらない。これほど残酷なことがこの世にあるだろうか?
そのユーザーはひょっとしたら、仕事でものすごい失敗をしているのかもしれない。あるいは家族に不幸があって唯一の楽しみがAVなのかしもれない。それがこんな理不尽な仕打ちを受ける。そんなユーザーがいるかもしれないということを、これを作ったヤツは理解しているのだろうか?
こいつにそれと同じ気持ちを味わってもらわないと気がすまない。しかもこいつらはこんな仕事で金をもらって生計を立てているのである。
ふざけるな!
お前のお粗末な仕事のせいで、なんでこんなに惨めったらしい気持ちにさせられなきゃならないんだ!!

以上、これぐらいの情報は淫語AVを買う・借りるのに最低限、必要な情報ということで、淫語AVマニュアルでは淫語の種類をカウントして載せている。
本来はメーカー側がやるべきことだとは思うが、多くのメーカーはこの点において淫語AVを作っているという気構えが感じられなくなくなっている。淫語のパイオニアであったSODですら今はその気概もないようである。

(以下続く)

ボヤキのボヤキ 

  • [2012/01/09 12:14]

「淫語」について書いていたら、やたら長くなってしまって収集がつかなくなったので、削って削ってなんとか読めるものになったが、それでも長いので、2回分にわけることにする。
今すぐ載せてもいいんだけど、ここはもったいつけて明日にしよう。

しかし昔はこういうの、時間をかけて書いていたなぁ。
久しぶりにブログを頑張ってしまった。

更新作業もしないとだけど、まだ淫語抜きが終わっていない。
一応、予定では晶エリーの中出しソープ。そのあと瀬奈ジュンをやって、みづなれい、椎名ひかるの淫語痴女あたりか。ずっとサボってきたから候補はいっぱいある。

しかしまた最近、ひどい淫語タイトル作品が増えてきたよなぁ。
淫語がぜんぜんないのに「淫語なんたら」とかの作品が出始めている。
マニュアルの更新と連動しているのかと思うぐらいひどいよ。
やっぱりつづけないとなぁ。

正月から腰が痛い。書く姿勢が悪いのか、急激に太ったせいかわからないが、あまり長い時間、座って文章が書けない。
昨年、iPadを買ったんだが、これがものすごく重宝している。どんな姿勢でもちょっとした文章ならこれで書ける。それでも限度はあるよね。

あと最近は長電話が多くて、ついつい長話をしてしまう。
切るタイミングもなんだか難しい。仕事などの用件で電話しているときはいいんだけど、おしゃべりとなるとなかなかねぇ。
昨日なんか3連荘だったもんで、19時から23時まで何もできなかった。
やらなきゃいけないことがたまっている。今日こそは決着をつけなきゃね。

淫語からエロの構造を考えてみる 

  • [2012/01/03 23:49]

みのる監督のこの記事なのだが、淫語にもいろいろ種類があるというのはマニアからすれば自明の理で、自分の場合は真性の淫語マニアでもあるので、淫語を使う作品の内容がSかMかなどはどちらでもかまわない。この記事の場合は主に痴女淫語とゴールドマンの強制淫語を例としてあげているが、自分の場合はさらに淫語テキストの朗読もいけるし、それこそ単なる淫語まじりのガールズトークでも興奮できる。要するに淫語が出てくればなんでもいいのである。
そのかわり痴女なら痴女としての完成された淫語が聞きたいし、強制淫語なら女性側を追い詰めて羞恥、戸惑い、諦め、被虐と表情の変化をちゃんと捉えている淫語が聞きたい。
その他、朗読ならやはり鼻濁音の使い方がうまい人がいいし、ガールズトークなら無防備な女性の言葉を聞いてみたい。街行く素人に淫語を言わせるなら生々しさこそ生命線だと思う。

ついでながら言っておくと、真性の淫語マニアというのは、なによりもまして淫語で興奮する人間のことであることは言うまでもないだろう。でもこういうフェチ心は意外と理解されていないようだ。
たとえば「いいセックス」をするために、いろいろ考えつくオプションの一つとして「淫語」というスパイスを使ってよりエロくするというのが大方の認識だろう。
だが真性の淫語マニアというのはそうではない。いいセックスのためにいい淫語があるのではなく、いい淫語が聞きたいから、いいセックスが必要なのだ。
目的と手段が逆なのである。

これは淫語に限ったことではない。フェティシズムやパラフィリアのほとんどがそうであり、だからこそフェチは性倒錯とも言われるのである。
だが自分は思うのである。簡単にフェチだ、性倒錯だと言うけれど、もともとエロの本質というのはそういうところにあるのではないだろうか?
実はエロに対してノーマルだと思っている人も、セックスそのものがエロだと思っている人は少ないのではないか?

もしも単にチンコがマンコに入ることをもってセックスと呼ぶのなら、それは単なる生殖行為でしかない。その場合、セックスの目的はエロスではなく、あくまでも種を残すためのものである。エロと生殖は同じわけではないだろう。
厳しくいえば、子どもを作るため以外にセックスをしてはいけないのである。
しかし、エロは違う。エロは子どもを作る目的で存在する感情ではないだろう。関連はあるが同じものではない。

エロが官能という言葉に置き換えられるなら、まさにエロとは感覚のことである。それはまさに感覚器官を使ってなされる何かということにほかならない。
ならばエロとはチンコとマンコが出会うことではない。性行為そのものというより、そこにまとわりつく感覚や感情なのではないか。それはふだんは心の奥深くに沈殿している澱のようなものだ。ある刺激を受けて、心の水がつまったビーカーが激しく揺さぶられると、とたんに欲情という澱カスが吹き上がって心の隅々まで拡散する。

そんなイメージで、フェチがわかればエロの本質がわかってくるのでないか。それが淫語AVマニュアルをはじめたことの意義でもあった。

これは決して観念的な話ではない。
こちらはこれ以上ないぐらい具体的な「コト」を扱っている。すなわち、AVで実際に話されている会話を抜き出し、さらにそこでいわれているマンコやチンポといった淫語の数をカウントしているのである。
そんなことをやっているヤツは世界中探したって一人もいない。
しかしそんな一見、無意味な数をかぞえていくと、そこには確かになんらかのメカニズムがあることがわかってくる。
そこを追求して面白いと思えたので五年間もつづけられたのである。 しかも自分にとってはエロそのものを扱っているので冷静に数をかぞえるのも一苦労なのである。油断するとオナニーをしてしまいそうになる。股間に伸びるその手を思いとどめてAVを観つづけるというのは、非常なタフさを要求されるのである。
これは一種の苦行だ。その先に悟りがあるのかないのかわからないまま、いまだ煩悩にまみれた荒凡夫の姿をさらしつづけているのである。

そういった事例研究の上に、淫語を通してエロを考察していくのが、淫語AVマニュアルであり、このボヤキの小窓であった。

そんな自分が、AVではなく実際の女優さんを使って、淫語とエロについて考えられる機会を得た。相手は映像ではない。生身の女性である。
もちろん相手は仕事でくるわけだが、それでもこちらは淫語研究家である。彼女たちからするとまず聞かれることのないようなおかしな質問をいろいろしていたりする。
その答えを聞いて、自分は一人ほくそ笑んでいるのである。

変態である。
我ながら狂っていると思う。
しかしものすごく愉快なのである。
撮影もそうだが、監督面接なんて楽しくてしょうがない。

しかしだ。
そうなるとやはり映像と生とでは違う。
予想するだけで確認できずにいた様々な仮説が生のやりとりで実証されつつあって、それはそれで大変に満足なのだが、そこからさらに新しい感覚が生じてくる。
どうやらMotheRsに参加することにより、それまでとはまったく違う、まったく新しい地平線から見た、まったく気づけずにいた淫語のエロメカニズムを探り当ててしまったようだ。
実は今年の9月からこれが妙にモヤモヤしていて判然としないのであった。なかなか言語化できずにいたのである。

そこで次回、それを少し書いてみようと思う。いつまでもこれらの問題を幽玄の彼方においておくわけにもいかないだろう。
ただしこれはあまりにもマニアックすぎるので、おそらく大方の人はどうでもいい話である。実はまだ二村さんにも話したことはない。
でもこういうのを書くのが淫語魔なのである。
淫語魔はもともと理屈オヤジなのである。
新しく生まれ変わった淫語魔Ⅱは、さらに輪をかけて理屈オヤジになるのである。

ということで続きは次の記事で。

2012年 淫語魔Ⅱ 始動 

  • [2012/01/02 23:53]

2012年、あけましておめでとうございます。
旧年中、おつきあいくださった皆様にはより以上のご愛顧を、またこれから出会う皆様、拙い人間ですがよろしくお願いします。

いやぁ、始まってしまいましたねぇ、2012年。
なぜだかわからないんだけど、昨年の暮れから2012年のことを考えるとなんだかワクワクしてしょうがないんですよねぇ。なんか漠とした期待感がどこからともなくやってくるんですよ。
まあいろいろ計画があるからなんだけどね。

もちろん新生淫語魔、「淫語魔Ⅱ」としては、昨年の夏からはじめたAVのお仕事にかなりの比重がいくのは間違いないんだけど、それ以外にも昨年から始めていること、あるいは仕掛けようとしていたことが、何か一つにまとまり始めているんだな。
昨年までは正直、いろいろモヤモヤしていたわけなんですよ。
なんかこう、常にどこか屈託があって力が入らないことがしょっちゅうあったんだよね。

それがようやくここにきて整合性がとれてきたというか、今までやってきたことが何らかの形に統合されて、それが発展していくみたいなイメージがわいてくるんだ。
その中には、直接自分がかかわるわけではなく、ただ楽しみにしているだけの案件もあるんだけど、とにかく今年は個人的に動きがいのある年だなぁと思っている。

淫語マニュアルもなんとかしないといけないね。
とりあえず今週中に最低1本は上げときますよ。

実は最近、渡辺琢斗監督にお会いする機会があってね。いろいろ相談にも乗ってもらったんで、まずは「淫語中出しソープ」を立て続けにいきましょうかね。
あとは、ビーバップ・みのる監督が年末に自分のブログで淫語について語ってくれていたので、「淫語痴女」も1本ぐらいやって、それから満を持してMotheRsの淫語作品を紹介する感じかね。
本当はもっと売らないといけないんだけど、それはボヤキや淫語AVマニュアルというよりはMotheRsのホームページでやるとして、このスペースはもっと突っ込んでいいのを取り上げていくよ。

本当はサイトのリニューアルもしたいので、これは今までのように行き当たりばったりではなく、計画を立ててやっていきましょうね。

あとは官能小説。
コンビニ売りのエロ雑誌に、官能小説の書評を連載するようになって、自分は意外と官能小説を読んできた人間なんだなぁって、初めて自覚したのね。

よくよく考えてみると子どもの頃に、家に官能小説がよくあったんだよね。今思えば父親が好きだったわけだけど、そこで富島健夫やら川上宗薫なんかをよく盗み読みしていたわけなんですよ。

それでついこの間、急に思い出したんだけど、うちの父は泉大八と知り合いだったんだよね。そういえば家に来ていたことがあったよなぁ、なんてね。こういうのって突然思い出するもんなんだねぇ。

もちろん、それを思い出させるきっかけを与えてくれたのは、花房観音ではあるんで、彼女の小説もボヤキで書かないといけない。これは彼女とも約束しているのでね。
彼女はホントにいい小説を書いていますよ。
彼女の小説は全部読んでいるけど、読むごとにうまくなっている。
実に楽しみですねぇ。
芥川賞とか、取んねぇーかなぁ。官能から純文学に殴り込みにいくのは、団鬼六の遺志でもあるしねぇ。

ということで、今年の淫語魔はAVと官能小説が基軸かな。
年末には撮りたい女優さんで、撮りたい企画で、自分でもできあがりに納得のいく作品を作る。なおかつ淫語魔しかできないようなプロモーションをする。
今年の目標はそれだね。

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