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AVにおけるドラマの可能性 

杉崎夏希さんは、物怖じせずとてもイイ感じで淫語をいってくれるコで、作品を出す度に期待して見てるんだけど、今回のDC38は歩原らいとよりも今ひとつ弾け切れてなかった。

DC38
杉崎夏希さんがあまりにも素直すぎて逆に個性が引き出されていなかった感じがした。
淫語量は今までで一番、多かったんだけどね。

で、今日はAVのドラマ部分って何? って話をしたいんだけど、まずはこのDC38ね。

このDCシリーズなんだけど、作品のコーナーの中にベタなストーリードラマパートがあるのね。
んで、これがとにかくものすごくヒドい。

よくFLAG監督が使う桜木駿クンを使っているんだけど、彼はもともと演技勘のある人で、そんなに下手な方じゃないはずなんだけど、演出がひどいんだろうな。
大映テレビをさらに悪くしたようなノリなわけ。

なんでこんな猿芝居を金払って見させられなきゃならないんだろうと、コレがネライでやっているにしてもさぁ、あまりにもヒドいからはげしく萎えちゃったのよ。

芝居を舐めてんのかね、この監督は。
ちゃんとした演出ができないなら、やらなきゃいいのに。

五十川みどり 母さんとしたい!
次にマドンナのこれね。五十川みどりさんの「母さんとしたい!」

熟女ものって、特に「近親相姦」なんかがそうなんだけど、シチュの性格上、ドラマにしているのが多いよね。

自分はよくこのblogで主観作品について話題にすることが多いけど、芳賀栄太郎の「客観」の撮り方は昔から好きなのね。

この監督、牧原れい子さんが好きだっていうことらしいから、ひょっとしたら自分と女性に魅力を感じるツボが同じだったりするのかもしれない。

まず、客観で撮っているんだから、絶対にカメラ目線をいれない。
ベロチューやフェラ、乳首舐めシーンなどで、女体パーツの限界どアップを入れてくれる。
カラミの時に、女優さんの体全体を見切らずにいれてくれることが多い。
お尻から足の爪先のラインを大事にしているようで、女性が感じるときにクイクイって足の指が曲がるところなんかも撮ってくれる。
それと、量の多寡はあるけど必ず1回以上は淫語を言わせる。

この人の乱交ものは寄りがキツすぎて、どうなの? って思うこともあるけど、1対1の撮り方なら見入ってしまうことが多い。

そんなお気に入りの監督ではあるんだけど、この人のシナリオはいただけない。
あまりにもご都合主義。真剣に見ているとバカらしくなってくる。

この作品でも、母1人子1人の家庭で、家計が苦しくて、息子の大学の授業料が払えずに体を担保に金を工面するって話が出てくるんだけど、苦学生だった自分からすれば、なんでこの息子は働かないんだよって思っちまうんだね。
その気になりゃ、授業料ぐらいなんとかなるだろう。
「まず学生課か市役所か、そういうところに行って相談してこい」ってどうしても思っちゃう。

そうなると、萎えてくんだよね。
なんでこのシナリオのクオリティーで妥協できるんだろう。

これってやはりAVだから許されるって意識が働いているのかなぁ。
つまりAVのドラマなんて男優も女優も演技の勉強なんてしてないから、とにかく話のスジさえあればいいって感じで書いているってことなわけでしょう。
カラミ以外はどうでもいいってことを、AV制作者の方が自ら認めているってことにもなるんじゃない?

これはどうやら自分も好きだったあの、天才監督でも同じことが言えるみたいだ。

妹たちに犯されたい
この「妹たちに犯されたい…。」っていうのは、二村ヒトシの代表作ってことになっているらしい。

確かに、二村流のシチュに、カラミもエロく作られている。
だからこそ、こうして売らずに持っていたりするんだけど、二村ヒトシってセリフのつけ方にこだわりが感じられないんだよね。

いや、多分、これってどの監督でもそうなのかもしれないんだけど、でもこの舞台出身の天才監督をしても、このヌルさで妥協できるってことは、つまり最初からドラマなんてAVは期待していないってことなんだろう。

たとえば、紗月結花 が「妹の処女のおまんこ、あなたにあげるわ」っていうシーンがある。
カラミとカラミの間に入る淫語セリフって、とっても重要だと思うんだけど、なんの演出的なアドバイスもせずに野放し状態になってしまっている。

なんで棒読みさせたままなのだろう?
ちっともイヤらしく聞こえない。
というより、セリフが死んでいる。

二村ヒトシですらAVというのは「エロい設定」と「エロいカラミ」だけあれば十分で、ドラマを演じることそのものはどうでもいいってこと?
ホントのところはどうなんだろうね。

もしもそうだとすればだよ。
秋秀人がS1で撮っている撮り方は間違っていないってことでもあるはずだ。
だってくだらないドラマ部分は本来、どうでもいいところなんだから。
猿芝居を見させられるぐらいなら、S1のようにキレイなねーちゃんを型どおりのエロ設定で撮ってくれた方が萎えずにすむし、ヌキの効率もいいはず。

正直、自分からするとドグマもS1も同じなんだよね。

昔はね、これでも二村ヒトシにはもう少し期待していたんだけど、今はもうやめちゃった。
よっぽど好きな女優で、好きな設定で作られていたら買うかなぁ~っ程度のメーカーになっちゃった。
もともとドグマは、二村ヒトシしか興味のないメーカーだったし。

結局、今、セルAVを見ているユーザーも「カラミ」のところにしか興味がないわけなんでしょう。
そりゃそうだわ、今までまともなAVドラマなんて見たことないからね。
それじゃー、そんなところからエロのアプローチを楽しみにしようとするユーザーなんて育ってくるはずがない。

AV女優の個性とかって、結局ドキュメンタリータッチの部分、すなわち、マジイキだとか、素に近いとか、そんなところの「画」でしか評価されないわけなんでしょ。
あとは、「こんなかわいいコが、こんなエロい格好してくれてる」的なノリでじゅーぶんなんじゃないの。
大抵のAV作家にドラマを作る力なんてないんだから。

でも、自分はドラマっぽいのが見たいんだよね。
ドラマじゃなくちゃ見ることのできない真実ってものがあると思っているわけ。
それは、有史以来、人間が演劇を楽しんできたように、きわめて自然な欲求だと思うんだけど、それに十分耐えうる作り込んだエロドラマをなかなか見ることができない。

なにげない人間の、ドラマ性のあるエロいカラミのAVが見たい。
ポルノ映画じゃなくて、カラミもちゃんとしたAVで。
それって欲張りなんだろうか?

癒らし。大人の恋愛Special版
だから、自分は主観ものに走っているのかもしれない。
主観なら、あのド下手な男優の演技も、発声のなっていないだらけきった声も聴かずにすむのだから。
もしも、AV男優に福山雅治とか中尾彬みたいな声の持ち主がいたら、全然、違うかもしれないんだけど、今のAV男優にそれを求めるのは無理な話でしょ。

シナリオも主観もののシナリオなら、シンプルにならざる得ないからうんざりするリスクが減る。
問題はAV女優さんの演技だけってことになる。

そういう中で見た、「癒らし。」
「大人の恋愛」は南原香織さんが最初だったけど、ものすごく期待させるものがあったんだよね。
「これ、結構、面白いんじゃないの?」って思ったんだ。

友田真希さん、風間ゆみさんの「大人の恋愛」もよかったね。
この撮り方ならAVでエロドラマを楽しむことは可能なんじゃないかって思った。

だから、AVopenの出品作は期待したんだけど、またぞろ見たくない猿芝居を見させられた感じがして残念だったんだ。
2人の女優さんはとても頑張っていただけに、もったいなかった。
なんで、普段通りの撮り方で撮らなかったのかねぇ。
ホント、ため息が出ちゃうよ。

まぁ、案外、創り手って、自分たちの創っているものがどういいのか、わかってなかったりするものなのかもしれないね。
それでヘンなマイナーチェンジをして人気シリーズをおかしくしていったメーカーもあるもんね。

とにかく、応援だけはするから頑張ってよ、アウダース。

コメント

本末転倒

元々AVにおいてのドラマ部分はビデ倫のカラミの尺が長すぎてはいけない。ってところから発生して、そんでも俺は出る側にあって、エッチシーンとのギャップづくりに貢献してるもんだと解釈していました。
わびさび。
本来エロって、インモラルなもんであって、SEXとか女の裸がえろいわけじゃない。なにを観たいのかって、そこに異性が見せたくないもの、みられたくないものを観たいんであって、それを補うのがドラマ部分の役割だと俺は思うわけです。
こんな可愛い子が、こんな真面目な女が、この、こうこうこういう~、っていう、SEXに至るとえっちに感じさせる為のものなんだと思います。
監督になってから、二村を男優でよく使ってて、彼は舞台出身ってこともあって演技したがるんだけど、カラミにそれが生きてこない。彼の作品みて、俺の世界観に近いものを感じたけど、ほんとゆるい。俺にゆるいって言われたらイヤかもしれないけど、俺がJHVで撮ってた初期の彼に出てもらってる作品よりゆるさを感じた。「エマニエルの玉のり」「まんぐりころころ」等。
秋も俺のVシネで助監でついてた時も、てんで使えない男だった。時間がなくて、サードの彼に仕込みのパンチラ撮っとけって言ったら、2時間かえってこないで、ほとんどまともに撮れてなかった。それが今や、大監督様。
基本ができてないんだよって俺が言うのもなんだけど、俺は監督むきじゃないから、どんどんいうけど、どう見せよう、どうしたら、こういう風に思わせられるだろうってほんとに考えてるんだろうか?って。「恋愛~2」は中村監督が、ちゃんと編集の打ち合わせをしてなかったのであんな駄作になって非常に残念に思ってるんだけど、観ている人にここでこういう感情にさせといて、それをイイ意味で裏切ろうとか、溜めを作ることで、このシーンが生きてくるとか、そういった作戦がAVにはなさ過ぎる。もっと考えるべき。

麻郎さん、コメントありがとうございます。

秋秀人監督も麻郎さんにかかっては形無しですね。
かなり器用な監督さんだと思っているのですが、1回、あけぼのみたいな作品を撮らせたらどうなるのか見てみたいですね。案外、中村さんの注文通りの作品を作ってくるかもしれませんよ。実現不可能でしょうけど。

「わびさび」っていうのは、曲の「サビ」との混同かと思うんですけど、朝だからそういうこともあるというご愛敬として、その上でその話に乗らせてもらいます。

曲って、「Aメロ」「Bメロ」「サビ」っていう感じで構成されていますよね。
「サビ」のところを「カラミ」として位置づけてみると、「Aメロ」「Bメロ」はそれぞれ、何に当たるんでしょうね。今回の目的はそこの立てわけではないので定義はしませんけど、いずれにしろ私は「サビ」を印象づけるなら「Aメロ・Bメロ」に当たるところをもっと精巧に作ってほしいと思うのです。

今回の場合は、「ドラマ」ですけど、たとえばそこは「名前のない女たち」みたいな「ドキュメンタリー」でもいいわけです。まず、そこがしっかり作り込まれていてほしい。
今はとにかく「サビ」のところばかり眼がいきすぎていませんかね。確かにユーザーはそれを求めているし、そこばかり眼がいくのは当然かもしれません。でもクリエーターの人は、そういう目立たぬ部分にも心血をそそぐものなのではないでしょうか?

今のAVって、私がAVを見始めた頃に比べれば、バリエーションも増え、設定もジャンルも豊富になりました。二村監督もダブル痴女やらフタナリやら、そういう面でいろいろ貢献したと思います。だから私は好きだったし。
でも、ジャンルが拡がりエロが出尽くした感すらあるのに、いまだに「Aメロ・Bメロ」が精巧さに欠き、逆に薄くなっていっているように見えるのは自分だけなのでしょうか。
たとえば、私の好きな趣向とは少し違いますけど、代々木忠監督なんかがやっていたことはそういう「Aメロ・Bメロ」を大事にすることだったんじゃないんですかね?

私は90年代、ほぼ10年間、AVを見てなくて、久しぶりに見始めたらめちゃくちゃ刺激的なものになってました。昔に比べれば女優さんもキレイになったし、なにより「サビ」の部分はもの凄いですよね。「わっ、こんなことになっちゃってんだ」って思いましたよ。
それだけ進歩したってことなんでしょうけど、でも見続けていくとなんか足りない。

私はS1みたいな作品自体は否定しないんです。私も麻美ゆまのデビュー作を買いましたし、今でも、どうせS1の作品を買うなら秋監督ので見てみたいと思っていたりします。
だけど回転寿司だけじゃなくて、ちゃんとした洋食屋のハンバーグとかイタリアンとかも食べたいわけです。それで実際、注文してみると、今ひとつ野菜の煮込み方がヘンだったり、パスタのゆで加減がおかしかったり。
学生の頃、よく通っていたラーメン屋がグルメ本に紹介されるようになったあたりから、年々まずくなっていったってことがありましたけど、それと似たような感じのAVメーカーもあったりします。
私の場合は「淫語の呪縛」がかかっているから、少々、まずく感じてもそれなりに興奮して食べちゃうんですけど、そのうちその「呪縛」だって解けちゃうかもしれません。
そうなったら、今のAVを見ることはなくなるような気がしています。
もともとフェチビデオは、ちょっとニュアンスが違いますしね。

話は変わりますけど、「名前のない女たち」よかったです。
中村さん、こんなの作っちゃうと次が大変そうですね。
そのうちレビューを書くつもりではいます。

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