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「名前のない女たち」AVレビュー 

AVopenチャレンジステージ「名前のない女たち」は、大阪の下町・十三から始まる。

1.中村淳彦が真咲ぴぃ子との待ち合わせ時間より早く着いてしまう。
2.ぴぃ子のいるデリヘルに 名乗らず潜入。
3.待ち合わせ場所に行き、ぴぃ子とあらためて挨拶。インタビューの開始。「欲されたい」
4.時間は少し進んで、AV女優として東京に出てきてしまうぴぃ子。
5.ゴールドマンとの言葉責めハメ撮り本番 顔射
6.時間は遡り 3の続き 「欲されたい」のはどうしてか。彼女の生い立ちが語られる。
7.大阪のぴぃ子の部屋 ハメ撮り 腹射
8.翌日、昼に妹が部屋に遊びに来る。2人で家族のことを語る。

ここまでが大賀麻郎登場前のあらすじ。
表4にある「摂食障害・リスカット・DV・家庭崩壊・SEX依存・軽うつ症」など、ぴぃ子の身の上話が赤裸々に語られていく。
話の中身はともかく、中村淳彦の「普通感覚」からの驚きや意識のズレが、さらに彼女の内面をうまく引き出していく。

中村が「どうして自傷行為をするのか」聞くと、彼女は「欲されたい、欲されたかった。淋しかった」と言う。
この「欲されたい」という言葉が前半埋め尽くされる。

欲される 「初体験が小六なんです。
どんな形であれ、欲されることを知って。
求められることを知って、求められることを欲するようになった」

誰といても
「誰といても、なんか満たされてる感がなくてぇ、いつか要らなくなっちゃう違うんかなぁ、と今でも思う。どんだけ好きって言ってくれてもぉ、何回、そんなアツい気持ち、男女を問わず、手紙もらっても、ハイヒールはいても、満足はなかった。女になろうとした次は。大人じゃなくて、人にぃ、欲される女ぁ? 男ぁ、欲しがる女、あきひん女…」

東京に来てとうとうAV女優になってしまったぴぃ子に、中村は次のような質問をぶつける。

中村
欲され具合が足りないってこと?
ぴぃ
ウン。
中村
欲され具合が足りないっていうのはどういうこと?
ぴぃ
なんか、存在意義を探してる、ずっと、多分。
中村
いや何で、自分1人だと、何で、存在意義ってわかんないもんなの?
ぴぃ
わからない。
中村
えっえええーー。
ぴぃ
でも………、わかんない。わからへん。何のためもあるし、どこにいったらいいんかわからへんし。もちろん、汚い…くはないかなぁ。お金も欲しかったりするし。お金、欲しいし。でもなんか、欲されたい、とにかく。

そして、いよいよカリスマ竿師・太賀麻郎の登場。

10.再び東京 太賀麻郎と顔合わせ
11.買い物 車の中でアイスを食べいろいろ話しかける太賀
12.ベッド 太賀との本番 しかし激しく拒否をするぴぃ子

最初の顔合わせの時から、2人の波長はあっていないように見えた。
決定的なのは次のやりとりから。

ぴぃ
エッチて結構、勝負事じゃないですか。
太賀
ん?勝負事。
ぴぃ
勝負じゃないですか?
太賀
勝負なの?
ぴぃ
SEXって。
太賀
勝負って、なんの勝負?
ぴぃ
なんか、けっこう、なん、なんて言ったらわからへんけど、なんか勝負みたいな感じがする。
太賀
ま、負けぇ? だって、勝ち負けがあるってことでしょ、勝負って。
ぴぃ
そう、やし、エッチをしたところで、どんだけ好きな人とでも、好きじゃない人とでも、しても絶対につながることなんてないもん。
太賀
えっ、つながんないの?
ぴぃ
うん。
太賀
じゃBまでだ。
ぴぃ
だから虚しーくなる。
太賀
えっなんでつながんないの? だって、つなが、ポコチン入れてるんでしょう? それって さぁ。
ぴぃ
ただの凸と凹で融合はしない。
太賀
ああ、なるほどね、それじゃダメだね。
中村
つながり持ちたいと思わないの?
ぴぃ
相手とですか?
太賀
うん。つながりって要するに、そのSEXしている間だけでもだよ。あのぉ、融合したら本人だよ。相手とも自分も本人ってことになる。
ぴぃ
でも融合することなんてないんやもん。
太賀
なんでないのぉ?
ぴぃ
そーあたしが感じないからぁ。
太賀
はぁ…。融合してみたらいいんだょ。ったらまったく、…あのぅ、別もんだから。そういうオナニーとかそういう快楽のみっていうのと。
ぴぃ
でも、自分が「この人」と思う人もいないし、別に好きでもない人と、融合とか、したいと思わんけど。
太賀
でも、はじめからあきらめてるのと、そういうことがあるかもしれないって思っているのと随分違うよね。
ぴぃ
でも、そんなん、なんやろ、アタ、数を打ったら、アタるやろうけど、そこまでしたいとは思わないし、興味がないし、面倒くさい。

このあとカリスマからいろいろ近寄ってはいくのだが、どこかうわの空のぴぃ子。このままうまくいくとはなかなか思えない展開。

神聖な部分 そして、カリスマを拒否。
問題のあのシーン。

「人には神聖な部分が絶対にあって、それが、それをさらけだすのが仕事であろうが、それで私が明日、自殺してしまったら、中村さん、どうする?
どうすんの、ほんまに?」

人には誰にも入ってはならない神聖な領域がある。

それを「人権」だとか、「人格の尊重」だとか、「パーソナルスペース」だとかいろいろいうが、とにかくそこは神聖にして犯さざるべき禁断の領域なのだ。

古来、その神聖な場所に入れるのは、「神」か「仏」か「悪鬼・魔民」のようなものだけなのだろう。そこは当人ですら特殊な意匠を身にまとわなければ入っていくことができない。
ぴぃ子が頻繁に化粧をしまくるのはそういうことなのかもしれない。

だからもしその聖域を、他人に土足で踏み込まれようものならとても生きてはいけない。世俗の言葉で穢されたら人は死ななくてはならない。

真咲ぴぃ子のあの言葉はそういう追いつめられた人の言葉だった。
あれは祈りの言葉だろうか? それとも呪いの言葉か。
おそらく当人もよくわかっていないだろう。

とにかく凄いドラマだ。

ただ、なぜこのような事態になったのか。
カリスマもよくわかっていないんじゃないだろうか。

自分はこれを見て、学生の頃読んだあるエッセイを思い出した。
上野千鶴子の「京都の街にガイジンとして暮らす」の中にある次の一節だ。

関西人はコトバを信じない。相手の言うことに、ひとしきりじっと聞き入ったあとで、こう反応する――「で、どないですねん」。言われた方は、困惑してアゼンとする。たったいま、全部言ったところでしょう。えっ、聞きました、で、どないですねん。東京人は、ここで呆然として、匙を投げる。関西人には、ニホンゴが通じない。――私は、そう言って嘆く東京モンを、たくさん知っている。そこには、タテマエはタテマエとして聞いた上で、コトバを額面通りには信じない、二重底のしたたかさがある。この態度は、タテマエをくずして、ホンネで生きよう、というナイーブさとも違う。関西人は、タテマエを信じないのと同じくらい、ホンネをも信じない。関西人が信じているのは、タテマエとホンネのずれだけである。

上野千鶴子『女遊び』所収 1988 学陽書房

これと同じことがこの作品でも展開されていた。

太賀
日記にも書いてあったけど、逃げてるって。でも、逃げ回ってても、いつまでたたって、ゴールできないもんね。スタートラインについてないから。
ぴぃ
何がスタートなんですかぁ? じゃ、スタートがあるんやったら、ゴールも絶対あるはず。
太賀
そうだよ、そうだよ。まず、スタートラインにつけば、ゴールは、いずれはするんだ、絶対。
ぴぃ
なんで、どこ、どっかに、何で向かわなあかんの?
太賀
いや、別にいかなくたっていいってことよ。
ぴぃ
じゃあ、いいんじゃない。
太賀
ん、だけど、あなたが生きてて、行動しているわけじゃない。そうでしょ、ビデオに出るんだって、自分自身はあったわけでしょう。でも、何かをするってことは、かならずそういうことが生じるんだよね。廻りの人もそれでうごくわけでしょ。
ぴぃ
うん。
太賀
したらさ、それなりに責任が生じるわけだよ。俺、責任、大嫌いだけどね。ホントは、ぴぃ子ちゃんはわかってるんだと思う…。
ぴぃ
わからん! 言ってることはわかるけど、わからん。
太賀
うん、うん。
ぴぃ
「だから何?」ってなっちゃう。
太賀
いや、「だから何」なんだよ。
ぴぃ
「だから何?」って…
太賀
「人生って何?」ってさぁ、俺は思うけどさぁ、そんなのわかんないよね。それね今と向き合ってないからだって。
ぴぃ
何で向き合わなあかんの?
太賀
先に進んでるから。人間、死ぬまで生きないといけないから。
ぴぃ
別に向き合わんでも、先には進むしぃ…
太賀
進まない!
ぴぃ
すすむ…
太賀
日にちは、日にちは経ってくしぃ、体も年取ってくよ。でも中身は何も変わってないと思うよ。それは気づいたときにスタートラインについてないからだと思う!
ぴぃ
でも、変わりたいと願ってない…
太賀
かわら、んいいとも思うよ。変わらなくてもいいと思う。いつまでもそのままでいいと思うよ。ピーターパンみたいにね、子どもで、ずっと、いた、いたいと思う、俺も。

めずらしく太賀が女のコに声を荒げるシーンがある。
相当、イライラしてたんだろうね。
最後の方は皮肉まじりの言葉を言ってるし。

問題はなぜ、あのカリスマのいつもの理屈がぴぃ子には通じなかったのか。
自分は東京モンのノリで大阪娘と接してしまったからじゃないかと思った。

上野千鶴子は、アメリカでのコミュニケーションセミナーの話を引いて、こうまとめる。

そのプログラムの中で、心理学者が受講生にアドバイスするのは、こういうことだ――コトバはウソをつく。カラダはウソをつかない。だから人間関係をうまくやりたいと思ったら、結局カラダの方にコトバを、つまりホンネの方にタテマエを合わせて、率直にわかり合えるように努力しなさい。

この「コトバはウソをつく。カラダはウソをつかない」というフレーズ、以前、このブログにも同じようなことをコメントしてくれた人がいた。
自分も、この理屈は全く正しいと思う。
少なくても東京では。

でも大阪・十三育ちの真咲ぴぃ子に、これは通じなかったんじゃないだろうか。

上野千鶴子はさらにこう続ける。

私はそれを聞きながら、関西人ならこういう時、どういうアドバイスをするだろうか、と考えていた。タテマエとホンネにずれがあって当たりまえ、だとしたら、そのずれを埋めなさいという助言は、いかにもアメリカ人的な単純率直さに思われる。関西人なら、ずれはずれのままで置いといて、そのずれを自覚し、操作しなさい、というのではないだろうか。

最後に、真咲ぴぃ子は太賀とのものすごいいやらしいエッチを展開する。
「死ぬ」とまで言って拒絶した真咲ぴぃ子が、なぜ急に態度をあらため本番をすることができたのか。
その理由は、まさにこの「タテマエとホンネにずれがあって当たりまえ」ということを、彼女なりに受け入れることができたからではないか。
彼女はナカムラさんを呪い、自分を呪ったと同時に、自分自身を言祝いで、新たな自分を受け入れたのではないだろうか。
関西の女は強いのである。

と、自分はそう見たんだけど、ホントのところはどうなんでしょうね。

この辺りのところ、自分は関西のユーザー、特に女性に聞いてみたいんだよね。
これって、多分、真咲ぴぃ子に聞いてもわからないんじゃないかな。
彼女はまだ若い。そういったことに答えられるほど言葉を持っているわけではない。いや、わかっていても言わないかもしれない。

もっとも、この作品を編集しているのは中野貴雄。
ぴぃ子と同じ大阪・十三の生まれ。

またもや、中野貴雄にしてやられたかぁ。

コメント

関西の女です。

関西の女は、ホンネもタテマエも、そもそも言葉というか第三者から発せられるモノを信じてないような気もします。信じてるのは、感覚だけ。って、全ての関西女に当てはまるわけではないでしょうけれども。少なくとも私は「東京的なモノ」に対して(言葉だけでなく)すごく違和感を持ってますね。その違和感にイライラすることがあります。

私は「ぴぃ子が関西人だから~」というふうに
見なかったけど、急に態度を変えて(戻して)
ものすごくいやらしいセックスを始めたとき、
うわ~って思いました。
結局心開いてないな~って。

ボヤキの小窓さんの言葉を借りれば、タテマエ
のみで対話を進められる東京流のやりかたを
理解して、納得してあの結末になったんだと
解釈しました。
ぴぃ子さんは頭がよくて心優しくて、素晴らしい
女性だということがよく分かるDVDですね。

>藩金蓮さん

へへっ、藩金蓮さんがコメントを残してくれないかなぁってチラッと思っていました。ありがとうございます。

ついでと言っては申し訳ないんですけど、上野千鶴子さんのあのエッセイの終わりにこんなエピソードか紹介されているんです。

東京モンの教師が大阪の某私大のゼミで学生に「キミ、かしこいね」と言った。そのとたん、当の学生は食ってかかって「センセ、オレはいつもの自分のことをアホや思てるけど、センセにそこまで言われるほどとは思てへん」。教師はポカンとして「キミ、ボクはキミにかしこいね、と言ったので、アホだと言ったんじゃないよ」と答えた。学生はご親切にも、もひとつダメを押して、こう問いかけた。「センセ、センセはかしこい言われて、ハラ立たへんのか」「あ、ボク? うれしいよ」。
彼の言語感覚は一高生に「……いいひとは、いいね」とポツンと言った伊豆の踊子なみのナイーブさである。ゼミの学生の困惑は想像に難くない。このハナシを京都人の友人と酒のサカナにしながら、私たちは、これだから東京モンにはニホンゴが通じない、と笑いころげた。(上野千鶴子「京都の街にガイジンとして暮らす」『女遊び』1988)

この話は今から20年も前に書かれているわけですけど、東京モンの自分にはよくわからない部分でもあるんです。20年経った今でもこれを読んで「これだから東京モンにはニホンゴが通じない、と笑いころげ」るという感覚を藩金蓮さんはお持ちになられるでしょうか?

それと大阪在住の私の友人と、東京に住んでいる大阪出身の友人とでは、やっぱり微妙に違う気がします。長く住んでいると関西人も東京化してしまうんでしょうかねぇ。

>関東の女です さん

はじめまして。
「ボヤキの小窓さん」って呼びかけられたのは初めてです。なんか、新鮮でイイ! 今度から、ボヤキの小窓をハンドルネームの1つにくわえますかね。ちょっと気に入ってしまいました。

>結局心開いてないな~って。

それ、言っちゃいましたか。

男にとって、女の人を自分の力でイカせたと思えることは、その尊厳に関わることだと思います。ホントは女の人が自分自身に言い聞かせて深層演技をしてるだけかもしれないのに、「オレがこの女に性の悦びを教えた」とか勘違いしているヤツは意外といるんじゃないでしょうか。(汗)

竿師たちは「いや、アレはマジイキだ」って言いはるかもしれないけど、ヨヨチューだって麻郎さんだってホントのところはわからないはずです。証明は出来ないわけだから。単に暗示をかけているだけかもしれないし。
私たちは所詮、男であって、女ではないのです。そこには一抹の不安がつきまとう。

だから、麻郎さんがいままで関係してきた女性1人1人「実はアレは全部、演技だったの。麻郎に悪いと思って感じたフリをしていただけなの」って言われ続けたら、さすがの「太賀麻郎」も10人目あたりから「人には神聖な部分があって…」と言い出すかもしれませんよ。
私なら、1人目で精神が不安定になり、2人目で世捨て人になりますね。

大阪で~生まれた~女やから~♪

 その学生の感覚もわかるような気がしますし、笑い転げる感覚もわからんでもないです。東京モンには日本語が通じないというか、何ていうのかな、、、綺麗ごとを恥ずかしげもなくよく言えるよなぁ、って思うことがありますよ、東京の人に対して。ここで言う東京ってのは、「東京出身」で意味ではなく、「東京的な人」という意味です。東京的ってのは、なんなのかなぁ、延々のべると悪口になる(笑)
 ほんで、「東京的な人」で、関西弁萌えな人って、いますよね。それって何なんだろうって考えた時に、「関西人は本音を喋る」という幻想に対しての萌えなのかなぁって思ったりもします。 
 関西弁に象徴される、「関西的なもの」に対する萌えが、高いところから発せられてることのような気がしたりもします。(勿論、それはその人によりけりですが)

 で、現実には東京に住んでるとか、大阪に住んでるとか、どこの出身だとか、わりかし関係がないんですよね。本人が「東京的なもの」「関西的なもの」(関西でも大阪と京都なんて全然違うんですが)を、どこまで違和感無く一体化してるかどうかって話で。

 ビデオの方を見てないんで、具体的には何も言えないのですが。

 なんとなく、「関西の女」は、リアリストじゃないかなぁと思います。全ての幻想を打ち砕くぐらいの。
 

いやん

 でも、最近思うのは、いろんな意味で、自分がAVに求めているものも、AVを見ている「動機」も、生と性のリアリティなんだなぁ、と。
 そういう意味では、私は非常に「関西的」で「女っぽい」見方してるなぁと思います。
 先日、東良さんとお話してても、そういうことを考えさせられました。
 でも、AVを関西的な見方で見るって、おもしろいですね。

そういえば

司馬遼太郎と永井路子の対談だと思うのですが、「義経は西国風で、頼朝は坂東風。二人の亀裂はお互いの文化的背景の相違からくるもの」っていう話があった気がします。
関西風のリアリティと東京風のリアリティとでは、おのずと違うのかもしれませんよ。

もっとも男はAVにファンタジーを持ち込んでいたりしますから、女性の方が「生と性」のリアリティを求めるっていうのはわかる気がします。
基本は、キレイなねぇーちゃんが裸になって、股を拡げてくれてウッシッシっていうファンタジーなんですけどね。自分にはついてないから。
私の場合は、それにノスタルジーが入ってしまってるようです。
ひょっとしてフェチ志向というのはノスタルジーAVなのかもしれないなぁ。

ごめんなさい俺女のこと何もわかってませんよ

どういう風にとられてもイイと思いながら男優つづけてきましたが、俺そういう風にうけとられてるんなら少し哀しいです。俺は常々、相手の本当のところはわからないってスタンスで来ています。だから、演出上、語ることもありますが、基本的に人は人だし、他人の責任はとれない。自分の責任においてのみ自分は動ける。って思っています。逃げ場のないぴぃ子にあの状況で逃げ場をこさえてあげたのは男優仕事としては特別ボーナスもんだと自負しています。わかっているけど、それを出せないぴぃ子に、違う意味あいを与えることで、結局同じようなことをやらせる。
神聖な部分ってニュアンスにあたるところは端から中村くんに注意していたし、(本編に入ってなかったっけ?)そこをつかなければ、ああいうものにはならないから、仕方ないんで了承して欲しいところです。
国民のおもちゃ たいがあさお

うーんと、困っちゃったな。

麻郎さんに誤解させてしまいましたかね。

私自身は麻郎さんがそんな道化者だとは思っていませんよ。
「カリスマ」と呼んでいるのも、その方が役回りとしてわかりやすいだけで、実際の麻郎さんがそんな風に言われて喜んでいるような愚か者じゃないってことぐらいわかっています。それは誰もがそうなんじゃないですかね。

ただ今回の作品は、あまりにもいろんな要素が詰まりすぎていて、実はこれでもかなり削ったのです。
あくまでぴぃ子さんの話なので、結果的には男優さんである麻郎さんには泣いてもらったような感じになりました。
麻郎さんは最初から最後まで紳士でしたよ。実際、あそこは麻郎さんだから収拾をつけられたわけですしね。
いずれにしろ、誤解を与えたのなら謝ります。

その上で、それはそれとしてなんですけど、もう少し麻郎さんに聞いてみたい部分もあります。
それこそ、関西人と東京人のホンネに対する意識のズレについてとか。

どういたしまして(笑)

上野千鶴子のは昔俺も女遊びを読みました。理解に苦しむないようだったように記憶しています。 俺はそれよりも若い頃感銘を受けたのは「愛より速く」の誰だっけ?コレ書いてて子供達が話しかけてきたんでド忘れしちゃった(汗) あ、斉藤綾子だ!
確かに関西人とのズレはいかんともしがたいかも。けれど俺の親父も関西人だし、今メインでしてるところの会社の人間全員大阪人です。
そして俺もキレイ事きらいでタテマエは言わないつもりですよ。

斎藤綾子は懐かしいな。

でも彼女は「男の体を使ってオナニーをする快楽主義者」タイプだから、麻郎さんのSEX観とは違うと思いますけどね。まあ、そんなことより麻郎さんとは同世代だから見ているものが同じでも不思議ではないんですね。私は尾崎豊とタメですから。

ホンネとタテマエの話をすると、昔、心理学とか心理ゲームが流行って「これからの時代、ホンネで生きようよ」みたいなことが推奨されていったことがあったでしょう。私たちが十代の頃は、まだちゃんとしたタテマエが社会にあって、それに対して息苦しい気分があったから、「ホンネで生きようよ」みたいなメッセージに意味があったと思いますけど、今はそれをやりすぎてしまって、大人のタテマエがなくなっちゃったようところがありませんか?

結局、タテマエがあるからホンネもあるわけで、ホンネを大事にするってことは、タテマエもちゃんと扱うってことであったわけですよね。
「タテマエはキライ。キレイ事はキライ」でもいいけど、タテマエがないとスキもへったくれもなくなってしまう。今はタテマエが曖昧だから、ホンネも薄っぺらい感じがしてしまうんです。ホンネがつまんないヤツにかぎってタテマエの部分がいいかげんなんですよ。
それって、この間から言っている今のAVと同じような状況という気がしますけどね。

もともと坂東武者は「名こそ惜しけれ」っていうことで、名のためなら命を捨てる集団だったわけですけど、最近の東京モンにはそこの部分が欠けている。キレイ事のためにやせ我慢をしたりするのが粋なのに。
いまは麻郎さんみたいな人までが、若いヤツにもっとタテマエを大事にしろよって言わなきゃいけない時代になっちゃった。
AVを見ていても、そんなことを感じることがありますよ。

そうですね

二元論でなりたっているから、両者の均衡がくずれてしまうと、なにをかいわんやです。AVは特にその部分が偏ってます。こないだ俺がしゃれで言ってたわびさびの話しなんです。

自分はね、徹底してほしいんです。中途半端に作るなら、そこの部分は作らない方がいい。それでも十分、ヌキネタとしては成立するのだから。

そういう意味で、S1のような作品はどんなにうまく作っても可もなく不可もなくの作品でしょう。
でも今の普通のAVはその可もなく不可もなくの作品よりつまんないものが多い。ときどき面白いものを作ってくるけれど、なかなか当たりをひけない。
ご自分たちが完成度の低いタテマエの部分しか作れないのにそれでいてS1を批難する人たちって、身の程知らずとしか言いようがありません。今までが甘すぎたんじゃないですか。

私は一般ユーザーです。顧客です。
AV業界の権威とは無縁の人間です。

見てつまんなければ、たとえその相手が代々忠だろうが、カン松だろうが、ヘンリー塚本だろうが関係ありません。
対価に見合わない作品を見させられれば「老害! 独りよがり!」と毒づく。そして2度と買わない。
ただ、それだけです。

もっとも私は淫語ビデオがスキなんでね。
もっと局所的なことにこだわっています。だからさらにうるさいですよ。
「イントネーションが違うじゃねぇーか!」とか、「なんだ、そのだらけきった発声は!」とか言っている。
アロマ企画ですら、満足してないんですから。

アロマ企画なんて、考えようによってはS1みたいなもんですからね。

そっか、S1というのはある種のフェチビデオなのかもしれないなぁ。

お怒りの程ごもっともです

観た人がよかったって思えるものを創る事肝に命じます。
これからもよろしくお願いします。

いやぁ、別にぃ(笑)

そんな怒っているわけでもないんですよ。

私と同じような意見を持っている人は、少なくないと思います。
大体のユーザーは直接、意見を表明することがないでしょう。BBSとかに自分の意見を書き込んでいくユーザーはまだほんの一握りだと思います。
うちのサイトですら、ROMっているリピーターがほとんどです。
そういう多くの、黙って出されていたものを喰っていたユーザーも、そのうちあきれて食べに来なくなるかもしれません。
私の廻りの友人にも、見なくなったヤツ多いですからね。

これからAV業界はますますシビアになっていくと思います。
麻郎さんもガンバってください。

ありがとうございます

すでに食べに来なくなっているのが現状です。
なにか新しいカタチで又昔みたいに食べに来てくれる人を増やさねばもうAVはダメだと常々思っています。

ぴぃこは現在

彼女は親の愛情に飢えていて、唇親期を抜け出ていない頭の良い子。

愛情表現を性としか表せない彼女が痛々しいです。

5年後の彼女は現在どうなっているのか、会いたいです。

どうなっているんですかねー。今度、ナカムラさんに聞いてみます。

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