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モバイルテスト 

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携帯から画像つきでUPするとどうなるかのテスト。 1枚目は多摩川。 夏に撮った。 2枚目は国分寺の薬師さん。毎年、10/10にだけご開帳される。 3枚目は今、読んでいる本。 携帯で長文は疲れる。あとはPCから編集しよう。


なるほど、写真は添付した順番と逆順に表示されるのだな。
確かにアップロードしていけば、結果的に新着は最初に表示されることになるわけだ。

あらためて、1枚目は今読んでいる『大人が知らない携帯サイトの世界』(佐野正弘 マイコミ新書 2007)。以前、AVライターの安田理央さんがブログで紹介していたので買ってみた。
20代後半から30代以降の「PC世代」と10代から20代後半の「ケータイ世代」の文化や意識、スタイルといったものの断絶を書いた本。

確かに携帯サイトってまた別物だからね。
自分にとって携帯でのメールやネットはサブアイテムにすぎない。あくまで電話機能がメインだ。ケータイをメインにしている人とは、その感覚からして違うのだろう。

ケータイ小説の文体がコンパクトなのは、ケータイで読むという前提があるからだ。活字で読むよりケータイ画面で読んだ方が収まりがいい文章なのかもしれない。
でも自分は携帯で長めのものは無理そう。さっきもわずか数行打つのにイライラした。

2枚目は武蔵国分寺にある薬師如来。脇士には12神将がいる。
この国分寺付近は本当になにもないところだ。古文書にもあるんだけどここは昔から鬱蒼とした森の中だったそうだ。
そういう場所に、ある時、忽然と仏都が出現した。
しかも寺内には高さ60メートルの七重塔があり、それを目印に遠くから寺の位置を確認することができたらしい。

ときどき思うのは、今は真言宗豊山派になっているこの武蔵国分寺と、調布にある天台宗の深大寺との関係。深大寺の創建は天平時代。国分寺も天平のはずだから同時期にできたことになる。国分寺は中央の命令で建てられ、深大寺は多摩に土着している豪族の手により開かれた。
その深大寺。もともと法相宗の寺だったのだが、9世紀に天台の寺へと改宗している。

このきっかけがなんだかきなくさい。
というのも859年に武蔵の国司の蔵宗が乱を起こしたとき、高名な坊さんを遣わして深大寺を降伏の根本道場にしたことがあった。
その遣わした坊さんっていうのがあの天台宗の恵亮和尚。

恵亮って人は、スーパーな法力を持っていた(?)人で、そのくせ血なまぐさい政争にもよくからんでくる。不思議な伝説を残している人だ。特に真言の高僧・真済との法力合戦と紺青鬼の話なんかは奇々怪々だ。
ただ資料が乏しいせいか、小説の題材に使われることが少ない。
司馬遼太郎が短編を1つ書いているぐらいか。
自分にしてみれば、安倍晴明なんかよりよっぽど面白いキャラだと思うんだが。ちょっとダーティーヒーローっぽくて。

3枚目は多摩川の河原。
このあたりは昔、鵜飼い漁なんかをやっていた。おそらく鮎を売り歩く桂女のような女性も住んでいたのではないか。
今は川も汚れてしまい鮎こそいないが、子どもの頃はここでヘラブナなどを釣って遊んだ。
夏は川の流れに足をさらしながら本を読むと心地いい。

…なんてことを携帯ではとてもとても書けない。
親指がつるんじゃないか。
やはりおっちゃん、両手を使ってキーボード入力したほうが性に合う。
だいたい、あのケータイ小説を書いている人って、本当に携帯だけで文章を書いてるんだろうか。推敲とかするとき、どうしてんだろう。

スゲェーなぁ。
今はケータイのエロサイトでゴニョゴニョしている若者もいるもんなぁ。
あのちっこい画面で。
そのうちケータイでAVを見る時代がくるんだろうな。
それでも、自分らの世代はPCやテレビでAVを見ないと見た気がしないんだろう。
どっちにしろ紙媒体は終わるな。
環境には優しいかもしれんが、眼には悪そうだな。

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