新造も禿も若後家も 年に一度の色まつり
- [2008/08/12 23:41]
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なんだかんだ言って、オリンピックは見てしまうね。
やっぱりスポーツは面白いなぁ。
金メダルとかとられちゃうと何度もリフレインして見たくなっちゃう。
まぁそうやってテレビを見ながら、どうにかこうにか明日の更新分ができた。
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この間まで『消費社会から格差社会へ』を読んでいたんだけど、こういうのを読んだあと宮本常一の本を読むとなんか中和されていい感じになる。
現代の問題を現代の視点だけで考えてると、とんでもない事態が起こっているように思うんだけど、その「とんでもない」と思わせるような「常識」も昔からあったわけじゃなくて、つい最近出来た価値観だったりする。
たとえば夜這いの話。
大宅 あなたの郷里の大島あたり、いまでも"夜這い"はあるんですか。
宮本 もうないですね。だってこのごろは電灯がついているから、あれは電灯がなくて暗かったからできたんで……。
大宅 山陰地方だったか、"夜這いをやめてオートバイ"って青年運動がはじまったとか(笑)。
宮本 夜這いというのは非常にほがらかないいものですよ。あなたの行った姫島はまだあるといってもいい。あそこの夜這いは娘のところへ行くのでも、そォーッと開けるんじゃない。必ずあいさつして「ごめん」ってはいる。冬なんか拍子木たたいて火の用心して歩くと、寒かろうと寝床であたためてくれるっちゅうんですね。おもしろいのは、あそこにはいまでもクラブが残っていて、タタミ十二畳ぐらいのフトンがある。
大宅 一枚で……?
宮本 一枚。それに若い衆がみんなクサビ打つように頭だけ出して寝るんですね。これはハダカで寝るのがいちばんあったかい。あれくらい、みんなが仲良うしとりゃァ、男も女もないですわね。
大宅 そういうこと、教えておいてくれれば、あの島に行ったときに……(笑)。
宮本 あそこの娘さんたちのほがらかな積極性というものは、青年との間にいざこざはないし、実に大っぴらにお互いがつき合えるからでしょう。(中略)
大宅 結婚したあと大丈夫ですか。
宮本常一『日本人を考える 歴史・民俗・文化』河出書房2006年 27p
宮本 ちゃんと亭主を守る。子どものころ、近くの娘が結婚するとき、もう誰とも関係しないシルシに、以前、関係した男に足袋をくばる。それは紺の足袋にきまっている。「こんのたび限り」(笑)。それを二十七足くばった女があったが、そんなのに限って、世帯持ちがいい。
大宅 熟練工なんだな。
宮本 熟練工になって、これがいいってことになると、思い残すことはない。
大宅 そういうのがいい亭主を選ぶ。
宮本 こういう問題がやかましくなったときに、佐賀県で娘たちが「これからどうして自分の亭主になる男をえらんだらいいんでしょう」といったという話があるんですね。一種の試験結婚だから、問題だろうけれど、これっていうのたしかめるのには、それ以外に方法はない。そして、いいのが当たりゃいいでしょう。
対談者は大宅壮一で、初出は「"夜這い"こそ最高の結婚教育」(『週刊文春』68.9.30)、今からちょうど40年前の対談だ。
これを読む限りでは、この頃まだ日本に夜這いの名残りがあったということになる。
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日本が総中流化したのは高度経済成長期で、それまではフレキシブルながら階層社会はあった。日本の恋愛観・結婚観が固定化されていったのは、ちょうどこの対談があった時期からだったのではないか。
大宅 学生時代、京都では愛宕祭といって、その日は乱交自由の日……。
宮本 もとは日本各地にずいぶんあったですよ。必ず繁みの中に入ってしなきゃならん。だから、高知の大田口では柴折り薬師という薬師さんがある。柴を折ってするから……。(笑)。
大宅 東京でもむかし、井之頭公園あたり、ススキの原で、朝行ってみるとススキが倒れている……。(笑)。
宮本 それにもちゃんとわけがあったんです。とくにイネでもムギでも、みのるころにそばですると、みのりがよくなる、というんです。
大宅壮一は1900年のうまれだから、彼の学生時代というと大正10年前後になる。
その頃ならまだ日本中に色町はあったし、こういう色祭りも全国的にいくつかあったのだろう。
もっとも井の頭は「東京」というより国木田独歩が小説に書いた「武蔵野」だ。江戸の町文化とは少し系統が違う。
その武蔵の国府・府中には闇祭りという色祭りがあって、かつては「乱交自由の日」とされていた。
いまならとても考えられないことだろうが。
「最近の女は羞じらいがない」というヤツがいる。
確かに昔の「上流」の「お嬢さん」には羞じらいがあっただろう。でも世の中、みんな原節子みたいだったわけではない。
日本女性が「清楚だった」というのはかなりすり込まれた感覚で、むしろきわめて個人的な好みの問題だと思う。
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そしてあれも夜這いの話だ!
そこまで話をもっていければ、このブログの記事は完璧だったのに。
なんてたってオオタタ「ネコ」っていう地口オチまでつけられた淫語魔「猫と遊郭」 たぶんその1せんずり貫太郎の「せんちゃん」ですよ。
あ、今、明日の仕事のために、三輪そうめん調べてるんですけれど、ここにも「おだまき」が出てきたなー。
三輪素麺って、大神藩金蓮「猫と遊郭」 たぶんその1以下メールにてところでせんちゃんって何?
単なる間違いかなぁ?
・・・・・・・・
銭金蓮?淫語魔「猫と遊郭」 たぶんその1忍法おだまきって、タイトルの山田風太郎の短編小説があるんですのん。
果臣居士と織田信長が本能寺の変で対峙する話で、森村誠一さんの山田風太郎に関する講演会に行った時に、森村先藩金蓮