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遊女・ヴァスミトラー 

前回、前々回のタイトルはサンスクリッド語で、「アリーンガナ」が「抱擁」と言う意味で「アーチュンバナ」が「接吻」という意味。
華厳経のスダナ(善財童子)と遊女・ヴァスミトラー(婆須密多)とのやりとりの中にでてくる。

このスダナって言うのはまぁ十代ぐらいの少年なんだろうね。ある時、文殊菩薩のところにやってきて「どうすれば菩薩の道を成就できるのか」って尋ねる。
すると文殊菩薩は功徳雲比丘っていう坊さんのところに行って話を聞いてこいって言う。
んで、この坊さんのところでありがたい法門やら菩薩の境地を教えてもらうんだけど、自分はこれしか知らないから海雲比丘って人んところに行ってもうちょっと別の話を聞いてこいってことになる。
そうやって次々紹介されては、菩薩行の実践をしている人のところで話を聞き、次の人のところに行くってことで、結局、53人の人と会ってくる。そうやってついには悟りを得るっていうそういう筋書き。

登場する人の身分は最初こそ修行僧だったりするんだけど、そのうちお后やら王女やら、船乗りに医者、法律家、香料商人、学校の先生、河原で遊ぶ子ども、さらに仙人だとか夜の女神、天の神、あとは有名無名の菩薩なども登場してくる。
つまりどんな階層の人間にも、菩薩の境地があり、教わるべきことはあるということを示唆しているんだろう。吉川英治の「我以外皆我師」ってヤツだね。

その求道の旅の中で26番目の紹介先が遊女・ヴァスミトラー。
遊女と言っても高級娼婦だろうけどね。

このヴァスミトラーは貪欲から離れることができる境地に立ってるらしくて、その境涯にいるおかげで自分にかかわる人は欲望で身を滅ぼすことが無くなるらしい。

その方法っていうのが娼婦だけあって性的魅力を使ったもの。
なんでもヴァスミトラーに会っただけで歓喜させることができて、彼女と会話をしたり、手をとったり、そして同宿し、よく目をこらし、あくびしているところを見たり、もっと観察して、ついには抱擁したり、キスしたりするとそれぞれに合った智慧が生まれ、欲から離れることができる、とまぁこんな感じかなぁ。ホントはもっと細々したことが説かれているんだけどね。

さあ問題はこれが何を意味するかなんだけど、昔からいろいろ言われていて簡単に説明するのは難しい。
ただ少なくても遊女の存在を否定していないことだけは確かだろう。なぜならこのヴァスミトラーは過去世に善根を積んでこのような境涯を得たと説かれている。
つまり過去世にそんな善根を積んだ人がなんで娼婦なんて仕事をしてるんだろうって話になるよね。現代の日本社会の感覚だとわかりづらいところもあるかもしれない。

でも、そもそも人間の欲望を間近で見ているのはこういう職種の人たちであることは間違いないだろう。人間行動に重大な影響を与えているとも考えられる性的衝動について、いろいろ学べることは多いんじゃないだろうか。
だからAVってときどき優れたドキュメントものが作られたりするんだろうね。

さて、次は集団モノにしようかと思ったんだけれど、熱い抱擁のありそうなAVにしたくなったもんで予定を変更した。こっちのレーベルもまだアップしたことがなかった。
もうちょっとで終わるんで、明日アップできるかも。

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