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成長とは自己再発見の異名なり 

アップするつもりの作品を見ていたら、なんーか面白くない。
気分が乗らないので別の作品にしてみたら、こっちも今ひとつ食いつけない。
はて、どうしたもんかと考えて、そろそろアウダースにも感想を送らなにゃならんし、この際だから雌女か熟雌女のどれかにしようと考えた。
だがこれから出かけなきゃならんので更新は明日になると思う。

実は昨年発売された雌女・熟雌女で、自分的には気に入っているのにまだマニュアルにアップしてない作品がいくつかある。
特に加藤レイナの熟雌女は、淫語量的にはたいしたことないものの「彼女にしては」たくさん言ってくれているのと、最後のラブラブ夫婦がこれまた「彼女にしては」あり得ないぐらい甘えんぼさん設定で、これにやられて今でもときどき見たりしている。
ああいうクールな面立ちの美人が男に甘えまくると、こんなにもユーモラスになるのかとある意味、衝撃的だ。

ただねぇ。
ここ最近、マンネリ気味なのね。このシリーズ。
以前はもっとバラエティーに富んでいたんだけど、最近はどのコーナーも服を換えただけの同じ展開に見えてしまう。
シリーズの流れが固定化するのはいいんだけど、作品のコーナーが全部、同じに見えてしまうのはかなり問題だと思う。

ラッシャーみよしのおっちゃんは普段の生活でワンダーなことがないんじゃないか?

表現者は常に成長し変化し続けてくれないと、それにつきあわされている方は、だんだんつまんなくなってくる。
勝手にどんどん自分の中の価値観を転換しまくっていくような、そういう生き方をしてくれないと「またこのパターンか」ってなことになっちゃう。

雌女シリーズも「パラダイムの転換」時期に差し掛かっているとか。

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