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アッシュベイビー 金原ひとみ 

おっちゃんはこれでもかつては文学少年だったからね。
世界文学も結構、読んでいたし、純文学もたまには読む人なのよ。だから小説とかの感想も書こうと思えば書けるんだ。
わしのブログを差別した本屋の連中め!
意地になっていろんな本を取り上げて、どんどん書いていってやる!!
アッシュベイビー
とはいっても、いきなり、ロシア文学ってぇーのも気取りすぎな気もするから、この『アッシュベイビー』って本の話をするわな。
というのも、この小説は芥川賞をとった金原さんの受賞第一作なわけだけど、まあ淫語がいっぱい書いてある。
「マンコ・チンコ・アナル」が基本なんだけど、マンコの頻出量はハンパじゃないのね。
だからといって、別にイヤらしいわけじゃないから、それを読んで興奮してゴニョゴニョしましたってことにはならないんだけど、この「マンコ」っていう言葉がこの小説の雰囲気をよく表しているんだわぁ。
これ書く前に、この小説の感想を書いているサイトとか見てみたんだけど、このことをちゃんと指摘している人は少なかった。
なんか奥歯にモノがはさまった言い方でお茶を濁しているところがほとんど。
その点、このブログは普通にチンポマンコ書いているblogだし、そもそも本サイトの淫語AVマニュアルがその淫語について論評をしているサイトだからね。このことを言及するのにはもってこいのサイトなわけだ。
主人公はキャバ嬢で、そのコの恋愛話なんだけど、それがとにかくイカれている。村野っていう植物的な男性を好きになるんだけど、このアヤっていう主人公はとにかく始終「殺されたい」って言っている。そして好きで好きで堪らない村野に殺されたがっているのよ。でも「殺して」って言って、拒否られるのが怖いから代わりに「好きです」とのべつくまなしに言いまくる。まぁこの辺はカワイいんだけどね。
どうやら、世の中に対しても、自分に対しても、何も期待していないアヤは、殺されることで村野との距離を縮めようとしているみたいなんだな。
内容はそういう「意味なく生かされていること」への理不尽さを拒絶するお嬢さんのいらだちと、体はヤリマンなのに、心はもの凄く純情な乙女心を描写した作品なんだ。
まぁ、純文学だから、スジとしては、かなり、カッ飛んでいて、よくわからないって人も多いだろうけど、おっさんは面白く読めました。
救いがないから、感動のカタルシスは少ないけどね。
でも、この金原ひとみっていう作家の文章がもの凄くうまいんだなぁ。
あの流れるような言葉の畳み掛けはなかなかどうして、芥川賞をとるだけのことはあるお嬢さんだよ。
ただこの小説は父性が不在だねぇ。
最近の小説は「壊れてしまった家庭のこと」すら語ることがなくなってきてるのかね。

以下、気に入った文章ね。主人公がちょっと血迷って自分の太股にナイフを突き刺したあとの描写。

死ねやクソ、私はそう言うと果物ナイフを引き抜いた。勢い良く飛び出した血を顔面にくらって、私は面食らった。血を吐く傷口なんて、マンコみたいだ。嗚呼、マンコ誕生。なんて考えていたらベッドのシーツがどんどん赤くなっていった。ああ、いいね。とっても綺麗。この赤が私に流れていたなんて、想像出来ないよ。とっても綺麗だよ。私、血だけならこんなに綺麗なのに、どうして私はこんなに汚いんだろう。どうしてこんなに汚くてバカなんだろう。どうして私は数式が解けないのだろう。どうして私は古典が苦手なのだろう。どうして私は人の心が読めないのだろう。私を愛するモノなんて何にもないと知ってしまった時、食欲や物欲や情欲や私に関する全てのモノが私を裏切ったような気がする。最初から裏切られているのかもしれない。いや、裏切るも何も私は最初から誰にも求められていないし、誰からも求められてない。誰からも求められてないのかもしれないし、本当は誰からも求められていないのかもしれない。お願いだから誰か求めてよ。誰でもいいからさ。でもやっぱちょっとオヤジは勘弁だけど。でも誰でもいいよ。本当に誰でもいい。誰でもいい。求めてよ。お願いだから、大丈夫なの? って心配してよ。心配してよ。血を流す私を心配してよ。ナイフを突き刺す私を心配してよ。どんな心配でもいいから。どんな心配の仕方をしても構わないから。どんな言葉でもいいから、私にかけてよ。いいよ。わかったよ。もういいよ。精子でいいからかけてよ。私の顔面にぶっかけてよ。誰でもいいから誰か私を誰か愛してよ誰か愛してよ誰か求めてよ誰でもいいから。何も文句は言わないのよ。私が今まで文句を言ったことがある? あったなら悪かったわよ。ていうかあるわよ。私は文句しか言わないわよ。でも私はずっと求めてもらいたくて仕方なかったのよ。これからもきっとずっとどうしようもないのよ。そうよ私はどうしようもないの。どうしようもなく誰かを求めているのよ。とにかく私を愛して欲しいの。私以外の誰かを愛するなんておかしい。私以外の誰を愛すっていうの? 私以外に愛する人がいるとするなら神だけよ。神と私以外は絶対に愛す価値のない人間だから。涙を流してしまってとても醜い私だけど、言わせてもらう。もういい。私は愛してもらわなくていい。もう愛さないでちょうだい。ていうか愛すな。愛されるなんて私には荷が重すぎる。私なんて愛されるに値しない。私なんていらない人間だし。別に愛さなくていい。求めなくていい。何も求めないでいい。私の事なんか求めなくていい。ただ、ただ私にほんの少しでいいから興味を持ってちょうだい。私だけに、いや、私だけでなくていい。多くの興味を持つ事柄の中で私に、たった一ミリでもいいから、興味を持って欲しい。
………

金原ひとみ『アッシュベイビー』集英社2004年
長くなるんでこの辺でやめておくけど、こんなうまい文章が続くんですよ。なかなかの才能。

誤解を持つ人もいるかもしれないから、あらためて書くけど、マンコという言葉にについて言及している文章はあるんだよ。だけどなぜ「マンコ」なのかっていうことを真剣に考察した文章は見つけられなかった。逆に「マンコって書きたいだけちゃうんか」というこっちからすると思考停止状態の意見もあった。
なぜに淫語なのか。
なぜ淫語にみんな反応を示すのか。
そういう風に向き合って書いている人が見つけられなかった。
おっさんはそのことが悲しいんだな。
おめぇーらだって、子どもの頃は「チンコマンコ」言ってたやついるだろう!って。
その言葉を大人の前で言ってみて、反応を楽しんでたりしたことないのか! って言いたいわけよ。
だからさ、なぜマンコなのよ。そのことを真剣に考えてみようとは思わないのかねぇ。

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