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もっと言葉の余韻が楽しめるようにしてほしいよね 

しかし、どうしてAVの編集って言葉を大事に扱おうとしないのかねぇ。
言葉きっかけで編集することを「ダイアローグ・カット」って言うらしいんだけど、小栗康平がこんなことを書いている。

 映像はセリフが終わっても、それですぐに次のカットに切り替わるわけではありませんが、それではどれだけの「間」がそこにはあるのでしょう。

小栗康平 『映画を見る眼』 NHK出版 2005.6.25発行 65p

そう、言葉はただ意味内容さえ伝わればいいわけじゃない。
特に話し言葉の間には言外の感情が読み取れたりするものだ。

 ごくふつうの日常的な会話のやり取りであれば、映画では八コマとか、十二コマというのが一般的でしょうか。半秒から半秒弱というところです。これも、監督や編集者の生理、作ろうとしている映画の中身によってずいぶん異なってきますし、シーンごとでも一つひとつみな違います。
 ラブシーンにはラブシーンの時間があるでしょうし、激昂すれば会話のやり取りは早くなるでしょう。そしてそれが撮られている画面のサイズによっても微妙に変化してくることもあります。それらを一々、ここは六コマだ、十六コマだ、いや三十二コマだと、その映画、そのシーンにもっともいい間合いを探っていきます。
 私たちのじっさいの会話では、今何コマの間合いをおいて自分は喋っている、などとは考えません。しかし映画は、ふだん意識されないそうした細部の領域を、具体的な感覚として確かめていきます。

小栗康平 『映画を見る眼』 NHK出版 2005.6.25発行 69p

映画は一秒につき24コマ。ビデオだと30フレーム。つまり30枚の画像で1秒だ。映画の8コマはビデオの10フレーム。半秒なら15フレーム。
だけどAV見てると2.3フレームで切り替えたりするんだよね。
言葉の余韻を味わうことなく、いきなりクンニしてたりする。

こういう切り方を見るたびに、この監督はきっと言葉が上っすべりしているヤツなんだろうなぁと思ってしまう。

言葉はロジックだけじゃないんだよね。論理だけでは人の心は動かせない。言葉が人の心を打つのはポエティックな部分があるからでしょ。

詩的な側面を有しているのが言葉なのに、台詞を言い終えた瞬間に間髪入れず切るなんて、空虚な会話をしているとしか思えない。なぜ言葉の「息づかい」を味わうような切り方ができないんだろう。 その「息づかい」こそ、言葉にできない思いが詰まっているものなのに。

詩心の無いヤツが編集とかやってんじゃねぇーよ。このバカチンが!

もっと言葉を大事にしてくれよぉ。
むしろそこにエロが芽吹いていたりするんだからさ。
それとも所詮、AVっていうのは言葉にがさつで鈍感な連中が作っているものなのか。

・・・ってさっきあるAVを見ていたらそんなことを思ってしまいましたよ。
なんかカラミに入る前にガックシきた。

あとPCを入れ替えてからというもの、やたらWINDVDがCPUを使いまくって不安定になる。
どうもビデオカードの相性がよくないようだ。
台詞を抜き書きするときに何度もリピートボタンを押すんだけど、レスポンスが悪くてイライラする。

NVIDIAのオンボードだしなぁ。新しいビデオカードでも買ってくるかなぁ。

コメント

おそらく現在のAVは、映像作品ではなく、ツールとして作られ、また多くの人が使っているのでしょう。
作品でないものに、芸術性や詩的なものは求められません。
DVDというメディアの功罪の罪の部分で、チャプタ分け再生が可能になった時点で、映像としての連続性は担保されなくなったと思います。
だから、詩的なものを求める行為自体が、現状とそぐわないんじゃないでしょうか。

それこそ、東良監督が撮っておられた頃とは、違うわけです。
残念なことですが。

いや、ロベルトさんのいうところまでの芸術性を求めているわけじゃないんです。
単にブツ切り感がいやなだけで、それは単純に連続編集のスキルの問題で、効率性の問題ではないと思います。

象徴的な話をするなら、宇佐美忠則監督は台詞の聞き取りやすい「間」を開けての編集を比較的してくれてますし、S1の秋秀人監督などは映像で切るところと音声で切るところをわざとズラして、音声のところを先行させてあとから画をつなげることで連続性を担保しています。

つまり、たとえば宇佐美、秋両監督を見習ってほしいと思うのですよ。この二人には派手な設定はないと思いますけど、技術はあると思う。
しかもちゃんと数字を出している。
自分は秋監督の作品を安心して見ていられますからね。

技術がないくせに独りよがりな感性のみで撮ってくるのは勘弁してほしい。でもそういうAV多いですよ。

宇佐美監督はキャリアが違いますからね。
ガルウィングでしたっけ、まだビデ倫時代からずっと携わっておられますし。
秋監督もそういう流れの方じゃないのかな。

ご指摘のとおり、芸術性云々以前にAVでは編集が雑なのが多いのは事実です。
でも困ったことに?最近のユーザーさんは、そういうとこにも結構無頓着なんじゃ
ないでしょうか。
一部のコアなユーザーは気にするでしょうけど。

まさにそこが問題なんですよね。

作り手がそういう風に思っていたとしたら、結局、その程度のエロしか作れないってことでしょうからね。

今までのエロメディアっていうのはだいたいユーザーをだまして、つかまされてきたわけです。

夜中、人気のない時間を見定めてエロ本自販機までダッシュ。表紙のねぇーちゃんにそそられてなけなしの1000円を投入。
買ってみたら表紙のエロねぇーちゃんなんていなくて、どこのばぁーさんだよっていうような厚化粧の化け物がでてきてがっくし。
それでもなんとか抜くわけですよ。もととんなきゃいけないから。

でももうここまでネットが浸透するとエロ屋のだましは通用しないんですよね。ところがAV不況で売れないはずのAVメーカーはいつまでもその体質を改善する気がない。いまだに「今までが甘すぎた」ってことに気づいてないようで。

もっと売れなくなればいいのに。

テキトーに売っているメーカー、芸のないメーカーはどんどんつぶれて淘汰されるべき。
それで本当に真摯にユーザーと向き合っているメーカーだけ生き残ってほしい。
そういうメーカーは応援しようと思っています。

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