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フェチを追求するってそういうことだからね 

自分が日本社会について考えるときのベースになっている視点は中根千枝の「タテ社会」3部作と言っていいだろう。

最初の『タテ社会の人間関係』を読んだのは高校1年生の夏だった。
学校の夏休みの課題だったのだが、人とうちとけるのが苦手で基本的に単独行動が好きだった自分にとって、集団で動くことの息苦しさがどこからくるのか、この本を読んでわかった気になった。

タテ社会の人間関係―単一社会の理論 (講談社現代新書 105)
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中根さんの考えた「タテ社会の人間関係」というのは基本的に場の力関係のことだ。

日本人は「ウチ」と「ソト」を強く立てわけ、普遍的な価値観より内部の不文律のルールを優先させるところがある。「身内の恥」をさらすことは悪で、たとえそれが非道なことであっても内部は内部で処理しようとする。外に漏らせばそれは「チクった」ということになり、排撃され干されたりする。

「ヨソ(ソト)」から見れば「ウチ」は閉鎖的で、処分も身内に甘いように感じる。
自分の所属する「場」を大事にするということは、「ウチ」に甘く「ソト」には厳しいという構図になる。

ふだん激烈な政治批判をしている人間が、自分の所属する業界や団体のこととなると途端に口をつぐみがちになるのはそういうことだ。
だから「ソト」の問題には「膿を出せ!」とか言っているような人間が、自分の所属する身内の不祥事に関しては、暴露する人間にルール違反だと批判したりするなんてことが起こる。
そこには大きな矛盾があるはずなのだが、当のご本人は意外と気づいてなかったりする。 つまりウチに対しての倫理観とソトに対しての倫理観との間にズレがあるのが当たり前だったりするのだ。
逆にそこをヘタに気づいてしまうと、正義感が強く潔癖性な人は、鬱病になってしまうじゃないかと思ったりする。そういう心の傷を持っている人、結構、廻りにいたりする。

この中根理論を少し違った観点で解説したような本がある。

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star日本社会の精神的構造が少し見えてきました
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star今もって問題作である。

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「タテ社会」3部作の掉尾、『タテ社会の力学』にも日本の父親と母親の役割について語られているところがあるが、河合隼雄は『母性社会日本の病理』でタテ社会を「場の倫理」という言葉に置き換え、「場の倫理」=「母性」、「個の倫理」=「父性」と割り振っている。

自分の場合、「母性」「父性」という言葉を最初になんとくなく理解したのは、この河合隼雄を通してだった。

母性とは「包含する」力であり、すべてのものを良きにつけ悪しきにつけ包み込む。
それに対し父性とは「切断する」力であり、ものごとを善と悪、自己と他者、主体と客体などに切り分け峻別する。

心理療法家でもある河合隼雄は、自分の経験したさまざまな臨床例から日本社会は母性の強い社会であるとし、こんな例を上げている。

 それは青少年の指導を行っている人にお聞きしたことであるが、シンナーの吸引をしていた少年たちに、その体験を聞いてみると、彼らは一様に観音さまの幻覚を見、その幻覚の中での、何ともいえぬ仲間としての一体感に陶酔していたという。つまり、社会から禁じられているシンナー遊びをする点においては、反社会的、あるいは反体制的ともいえようが、求めている体験の本質は母性への回帰であり、わが国の文化・社会を古くから支えている原理そのものなのである。
 これに類することは処々に見られ、これらの反体制の試みが簡単に挫折する一因ともなっている。このようなことが生じるのは、結局は日本人がなかなか母性原理から抜けだせず、父性原理に基づく自我を確立し得ていないためと考えられる。

河合隼雄『母性社会日本の病理』講談社+アルファ文庫 30p

これが書かれたのが1976年なので、ここに出てくる「観音」は今となっては別の形を変えていそうだが、昨今のヱバァ現象やちょっと前のエウレカなどを見るといまだに日本人のグレートマザー回帰は強いんじゃないかと思う。
昔なら「寅さん」なんかそうか。

今日、更新した「僕にだけ優しい千里ママ」を見ながら、母性について考えていた。
日本のエロもまた「母性」が根っこにあるよなぁ、と。

なんだかんだ言って、熟女モノは「母子相姦」が主流を占めているし、そんなに直接的なものでなくても、痴女モノにしても陵辱モノにしても母性との向き合い方の違いだけで、同じ構図になっているんじゃないかと思ったりしている。

河合隼雄の言葉を借りてもう少し母性について説明すると

 母性の原理は「包含する」機能によって示される。それはすべてのものを良きにつけ悪しきにつけ包みこんでしまい、そこではすべてのものが絶対的な平等性をもつ。「わが子であるかぎり」すべて平等に可愛いのであり、それは子どもの個性や能力とは関係のないことである。
 しかしながら、母親は子どもが勝手に母の膝下を離れることを許さない。それは子どもの危険を守るためでもあるし、母――子一体という根本原理の破壊を許さぬためといってもよい。このようなとき、時に動物の母親が実際にすることがあるが、母は子どもを呑みこんでしまうのである。

河合隼雄『母性社会日本の病理』講談社+アルファ文庫 19p

 産み育てる愛に満ちた母親像と、つかんで離さず、死に至らしめる醜い母親像は、ひとりの女性の中に共存している。われわれは普通には、これほどの暗い半面を見ることはなく、温かい、やさしい母の愛のほうを強調して見る。しかしながら、実際には、母子心中の事件や、嫁と姑との争いの中に、あるいは自分の子どもを、自分の思いのままに動かそうとする母親の強烈なエゴイズムの中に、この暗い半面を見ることができるのである。

河合隼雄『母性社会日本の病理』講談社+アルファ文庫 264p

昨日、ついでに友田真希さんの「僕にだけ優しい真希ママ」を見ていたら、みのる監督の作品を思い出した。
前にも書いたことがあるが、ビーパップ・みのる監督の母子相姦モノはどこか壊れてしまった母性という感じがして生理的に落ち着かないときがある。

でも旗監督のを見ながら、この二人の描く母性はまるっきり正反対のようでいて、実はどちらもちゃんと母性を描いているんだって思った。
特に「溺愛ママ」シリーズと「僕にだけ優しいママ」シリーズを見比べてみるとよくわかる。これはコインの裏表だって。

ときどき女性で「自分はファザコンなの」って自ら申告する人がいるが、よく聞くとどうも父性を求めているというより母性を求めているように思うことがある。
あえて言うなら男装の乳房をまさぐりたがっているっていうような。

翔田さんの吸茎を見ながら、「あっ、そういうコは、ひょっとしてちんちんが乳首になっているのかなぁ」なんて思いつつ淫語カウントをしていた。
もちろん竿を握ってね。

淫語魔のおっちゃんはときどきそんなこと考えながらAV見て、それでもやっぱりゴニョゴニョして、次の瞬間、世界を見下ろすような哲学者になったりするんですよ。

コメント

ちんちんは乳首ですよ。

たしかに、女優に「自分の脚で立て」なんて言うAV監督は、あんまりいないよね。



ところで、外国の女性も美しいですね。
裸は見てないし英語がおぼつかないのでコミュニケーションできてないですが。

>たしかに、女優に「自分の脚で立て」なんて言うAV監督は、あんまりいないよね。

代々木監督なんかはそれに近いと思っている人はいるんじゃないでしょうか。やたらフェミっぽい人に担がれる印象もありますが。

「プラトニック・アニマル」を書かれた頃の代々木さんは母性礼賛者ではあっても父性の強い方にはあまり見えなかった。宗教家で言えば親鸞っぽい。
でも現在ブログを読む限り、最近の代々木さんはその頃とは少し変わられたのかなぁとも思ったりします。

ザ・面接は面白そうですね。
http://www.athenaeizou.com/shop/athena-diary/post_3776.html

ところでみのる監督はデンマークに行ってもナンパはうまくいくもんなんでしょうか。
あの話術が封印されたら無理なんでしょうかねぇ。
それとも身振り手振りだけで成功させられるものなのかなぁ。

あと、これ本当なのか知りたいです。

「天使の存在を信じる」デンマーク国民の4割以上

http://www.afpbb.com/article/life-culture/religion/2279594/2113554

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