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変態性欲への扉 

思い出した。
自分が最初に本を読んで号泣したのは『虐げられた人びと』だった。
それまでも涙がうっすらってことはあったと思う。でも嗚咽で読むのもままならなくなったのはこの本がはじめて。
あれは中学を卒業してまもない最後の春休み。
3月とはいえまだ肌寒くて、自分の部屋で朝方から布団にくるまって読んでいた。この本との出会いがその後ドストエフスキーにはまるきっかけになったのではないか。
10代の頃、一番読み返したのもこの本だ。
つきあいはじめた女性には必ず薦めていた。たいていは読んでくれないのだが、中には奇特な女性が2人ほどいて、そのうちの一人と結婚したのだった。

この作品にまつわる話はほかにもいろいろあるのだが、長年封印してしまっていたようであまり意識しなくなっていた。それがこのあいだのラッシャーみよし監督の一言で急にざわつきはじめた。監督が「ドストエフスキーでいちばん好きなのは『虐げられた人びと』なんです」と言いだしたからだ。

虐げられた人びと (新潮文庫)
ドストエフスキー
新潮社
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ドストエフスキー好きの人ならわかると思うが、この本を「いちばん好き」というのはものすごく勇気のいることなのだ。
この『虐げられた人びと』は研究者の中ですこぶる評価が低い。文芸評論の大家たちもこの作品そのものを持ち上げる人はそうはいない。
『虐げられた人びと』の位置づけは、そのあとに続く『罪と罰』『悪霊』『白痴』『未成年』『カラマーゾフの兄弟』といった大長編群にいたる習作のような扱いをされてしまうのだ。作品としては未熟、あるいは失敗作とまで言う人もいる。

だいたい当のドストエフスキーご本人が言い訳をしていたぐらいだから仕方がないところもある。

「通俗小説と呼ぶことにさえ異存がない。ただし、それは想を内部に成熟せしめる暇がなく、倉皇として筆を執ったからである」(『エホーバ』誌 1864年 9月号 米川正夫訳)

確かに『虐げられた人びと』はメロドラマ的である。
ドストエフスキーの小説の中でも取っ付き易くウェルメイドな作品なのだ。
だから逆に自分はドストエフスキーを人に薦めるときはよくこれを推したものだった。

通俗小説と言われればそのとおりだが、それでも自分は芸術的価値が低いとまではとても思えない。
なによりあのレフ・トルストイがこの作品の価値を高く認めているではないか。

 ドストエフスキィについて感じていることを何もかもどうにかして言えたら、と思っています。(中略)私はこの人と一度も会いませんでしたし、かつて直接の関係をもったこともありませんでしたが、彼が死んだ時、突然私は、彼が最も最も身近な、大事な、私に必要な人間であったことを悟りました。私は文学者でした。そして文学者というものはみな、見えっぱりで、猜疑心がつよいものです。少なくとも、私はそういう文学者です。ですから、彼と比べてみようなどという考えは決して私の頭には浮かびませんでした――決して。彼が創作したすべてのもの(彼が創造した善なるもの、真なるもの)は、彼がつくればつくるほど、私が嬉しくなるようなものでした。技巧は私の中に嫉妬をよびおこします。知力もそうです。しかし、心の行為は私の中に喜びをよびさまします。私は彼を本当に自分の親友だと思ってさえいました。われわれはいつか相会うであろう。今はただそういう巡り合わせになっていないだけだが、これはもうこっちのもので、会うということは確実だ――としか考えませんでした。と突然食事中に――一人で遅れて食事をとっていました――新聞をよむと――ドストエフスキィ死去。何か支えのようなものが私から落ちました。はじめは、茫然自失していましたが、しばらくして、彼が私にとってかけがえのないものだったということが段々とはっきりしてきて、私は泣きました。今も泣いています。
 つい先頃、彼の死ぬちょっと前に、『虐げられし人々』を読んで感動したばかりでした。

『トルストイ全集 18』河出書房新社 中村融訳 S48.11.25 429p

この作品でもみよしさんが指摘していたドストエフスキーの変態的性愛嗜好がちゃんと描かれている。まただからこそこの作品は専門家の評価をよそに当時のロシアの一般読者から圧倒的な支持を受けていたのだ。
ドストエフスキーはまず流行作家でもあったのだ。

こんなふうにドストエフスキーについて自分は人と話すことがほとんどない。
いままで自分のまわりでまともに語り合える人などいなかったからだ。少なくても社会人になってからはそうだ。

ちなみにこれ、このあいだカラオケの時にひそかに携帯で撮ったみよし監督の横顔。
100704_2207~01
かっこよくねぇ?

みよしさんにお会いしてあらためて思った。
自分はドストエフスキーが大好きなのだ。
ドストエフスキーと出会って30年。ずっと好きだったし、これからも好きであり続けるだろう。そのことをもう少し自分の中で整理しておいてもいいんじゃないかと思い始めた。

ハッキリ言ってドストエフスキーの良さをわからないヤツに変態を語る資格はないな。

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