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男は「包含」で女は「並列」ってことかな 

上位概念・下位概念って言葉があるよね。
たとえば「人間」は「動物」の一種だから動物という括りの中に入る。この場合、「人間」は「動物」の「下位概念」という。逆に「動物」は「人間」の「上位概念」ってことになる。
数学の集合理論で言えば、「人間」は「動物」という集合の要素にすべて含まれるから「部分集合」ってことになる。

男と女は人間の中に含まれるからとうぜん「人」という集合体の中の「部分集合」、つまり下位概念になる。

でね。
さっき漫画家の田房永子さんがね。Twitterで。

モテ術先生にとって「女の勝利」は「プロポーズされる事」である。先生自身、数多の著名人からされてきたらしい。達成して自分の脳に快楽物質が出たところで関係を終わらせて次にいくプロポーズ中毒。これが女の一番の幸せ!って言われると否定できない

ってつぶやいていたのね。
この「モテ術先生」っていうのは最近、田房さんが興味を持って眺めている人なんだけど、まあその話自体はちょっとおいといて、「これが女の一番の幸せ!」ってのが妙に気になっちゃってね。
田房さんにこんな返信をしちゃったんですよ。

@tabusa ときどき思うんですけど「女としての幸せ」と「人としての幸せ」はイコールなんでしょうかね。

だってさぁ、「女」は「人」の下位概念なわけですよ。「人」の部分が幸せなら、「女」の部分が幸せじゃなくても最終的には幸せなんじゃないかと思うわけですね。
そう考えるのが論理的でしょ。
でも女性を見ているとどうもそうなってないんじゃないかと思うことがしょっちゅうあるんですよね。

んで、田房さんはこう返信してきました。

@ingo_ma 同じなような、同じじゃないような感じしますね どっちかを優先したら女としても人としてもしあわせに繋がった、みたいなことはありそう 何をしあわせって定義するかが人によってちがうからあれだけどー

先にことわっておくけれど、田房さんの意見が全女性の意見ではないし淫語魔の感覚だって男を代表していっているわけではないんですよ。そこはわかった上で、でも女の人ってこういうところがあるよなぁ、って思うわけなんです。

男もね。男にこだわるところがありますよ。モテたいと思っている男はいくらでもいるだろうし、EDで悩んでいる男性も少なくない。でもそれでも自分なんかは人として幸せならいいんじゃないかって思ったりするんですよ。
あまり欲張らずに勝負できそうなところをしぼってね。一人の人間ができることなんかたかが知れているわけだから、一つでも満足のいくものがあれば御の字じゃないかなんて思っていたりするわけですよ。
男の幸せがダメでも、社会的な成功で頑張るとか、趣味で生きるとか、いろいろあるわけです。それで「人として」満たされればいいやって感じにもっていく。

でもね。女の人はそうじゃないんじゃないか。
「人としての幸せ」の中の一要素として「女の幸せ」があるわけじゃない。
「人の幸せ」と「女の幸せ」は並列で、さらにこれに「母としての幸せ」とか、最近では「キャリア女性としての幸せ」みたいなものもあったりして、それらが「人としての幸せ」と包含関係にあるんじゃなくて全部横並びで、しかもその4つなら4つの重なった部分のところ(集合理論では「共通部分」もしくは「積集合」なんてよばれるところ)をさして、それを「本当の幸せ」なんて呼んでいるんじゃないかと思ったりしたんですよね。

そりゃ狭い。狭すぎる。いかにも狭き門ですよね。

まぁそんなことを思ったわけです。

あっそうそう。
田房永子さんですけどね。
彼女、ライター業もやっていて、「むだにびっくり」というものすごく面白い自主制作誌を作っています。
田房さんのブログのリンクを張っておくね。

むだにびっくり
http://mudani.seesaa.net/

obi1.jpg

そのうちボヤキでもあらためて書くつもりだけど、田房さんの感性にはいつも裏の裏をかかされて脱帽する。1回読むと絶対に病みつきになりますよ。

今年の2月にはじめてお会いしてそれから読み始めたんだけど、そのとき以来いんごまクンはずっとファンなのですよ。

コメント

をんな

脚本家の大石静さんがたびたびエッセイで、「女の幸せは好きな男に抱かれることだ」と書いておられる。

わたしも、そう思う。それ以上、それ以外ないと思う。わたしはそのことが1番幸せだった。それ以外の幸せを思い出せない。

だけどそれは、すごく、おそろしく、刹那的で。

薄氷のようで、雪の結晶のようで、蜻蛉のようで、綺麗だけど、はかなくて悲しくて、そして怜悧な刃物のように尖っている。
突き刺さると、痛い。

だからそれは、人としての幸せとは、真逆のところにあるような気がするよ。

  • [2010/09/13 23:58]
  • URL |
  • 藩金蓮(金玉夫人)
  • [ 編集 ]
  • TOP ▲

あー、私はこれ、なんとなくわかるなあ。
女としての幸せとかなくても(まあ、そりゃあったほうがいいけど)、他のところで承認してもらえればいいような。
男女じゃなくて、人によって違うのかもしれないですね。

プロポーズ中毒っていうのも、女の業をすごく端的に表してて興味深いです。
「中毒」っていうのがキーワードな気がします。

藩さんへ

藩さんの場合はその落差が文章の凄味を与えている。そういう幸せもある。
もともと「幸せ」は「仕合せ」とも書くんだしね。
週末、まさにその「仕合せ」が待っているんでしょう。
楽しみだねぇ。

遠藤さんへ

確かに遠藤さんはそっちなのかもなぁ。
女の人ってもっと欲深いイメージがあるんですけど、遠藤さんはある一線を超えちゃうとなんかサバサバしてる感じがしますもんね。そこが遠藤さんの奥深さでもあり魅力でもあり深読みすると謎めいた感じもしちゃう。私なんかときにホントのところはどうなんだろうってよく思ったりしますよ。

田房さんは本当に素晴らしい感性の方です。
彼女の書く文章がまたいいんだなぁ、趣きがあって。
もっといろいろな方に知ってもらいたい。

モテ術先生の話ですが友人の友人まで公開のmixiの日記で、そのきっかけとなる話が載っているので是非ご一読を。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1568726073&owner_id=570703

幸福な不仕合わせ

近藤ようこさんの漫画のあとがきに、「不幸=不仕合わせじゃない」って話があったなぁ。その漫画の登場人物達はいろんな悲しいことがあるけど、不幸ではない、って。
そのシリーズのラストの話が、肉体関係の無い不倫をずっと続けているヒロインが、相手の妻に乗り込まれる。
妊娠中の妻に「肉体関係のない方が汚い」と罵られる。

そして主人公は初めて男を誘い、寝て、別れを告げる。

最後、部屋で男を拒み一人になった主人公が、「私には孤独という幸福がある」というモノローグで終わる。

たとえば、あなたも不幸では決してないしね。


週末は、先生方と酒を飲み飲み審判を迎えるよ。ひとりじゃなくてよかった。

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