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映画「名前のない女たち」を見て 

前回の記事で、中村さんから「いんごまさんもとうとうAVライターになられたんですねぇ」と言われてしまった。
いや別にAVライターになった気はないんだが、それでもお小遣いがもらえるのは確かなので結果的にはそう見られても仕方がないのか。

映画の「名前のない女たち」を見てから、もうひと月近く経ってしまった。
もういっかい見てから何か書こうかと思っていたんだが、ひょっとして2回目を見たあとでは最初の印象が変わるかもしれない。考え直して、今あえて書いてみることにする。

映画の「名前のない女たち」について、ライターの安田理央さんがTwitterで「ケータイ小説みたいなものなのでは」とつぶやいていたんだけど、実は自分もそういう危惧を多少なりとも抱いていた。

しかし、どうやらそれはまったくの杞憂だったようだ。
作品を見ながら、佐藤監督をはじめ制作陣は原作をよく読み込んでいるなぁと思った。
『名前のない女たち』で中村さんがなにを描いていたのか、結果としてなにが見えてくるのか。そのことをよく理解した上でストーリーが練られていると感じた。

もっと安易に「ケータイ小説」で使われそうな要素を原作からチョイスすることもできたはずだ。お涙ちょーだいにすることだってできないことではない。
だが主人公は恋愛で苦しんだりしない。「恋空」や「赤い糸」のような純愛やら恋のライバルも出てこない。
ふつうのOLがどんなふうにして企画女優になっていったかを無理なく描いている。

ここに描かれていることは、けっしてAVという社会の中の特異な話なのではない。
その構成する形態はどうあれ自分の近所にだって転がっている話だ。たまたまそれがAV女優という職業に焦点があてられて語られただけのこと。

金にだらしのない男に貢いでしまう女などいくらでもいるし、承認欲求を満たしたいがために自分をどんどん追い込んでいくというのもよくある話だ。
自殺するAV女優のことも出てくるが、どんな職業だって自殺するヤツは自殺する。

映画ではストーカーっぽいAV女優ファンが刃傷沙汰を起こす挿話があるのだが、これはさすがに大げさすぎて「悪ノリしすぎだよなぁ」とは思った。だが事実として粘着質なファンというのはいて、そのせいで仕事ができなくなったAV女優もいないわけではない。

細かいことを言えば気に入らないところはいくつかある。
だがむしろ思った以上にまともな映画になっていて正直かなりホッとしたのだ。

見終えてようやくわかった。なぜ自分がこの作品を「9/4の土曜の朝、一番最初の上映で見なくてはならない」と思いこんでしまったのか。
そう、自分はホッとしたかったのだ。そのことを確認したかったのだ。
舞台挨拶の時の監督や女優さんたちの話を聞いていて、その真摯な姿勢に好感を持った。

二人の女優さんたちの演技はとても上手だった。
ヘンな芝居をする俳優さんは誰ひとりいなかった。
中村さんが登場するシーンだけは少し笑ったけど。

これなら原作が好きな人も裏切られたキモチになることはないだろう。

だからもう一回、見に行かなきゃと思っているんだ。
だって見た感想が「ホッとした」じゃおかしいでしょ?

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