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淫語からエロの構造を考えてみる 

みのる監督のこの記事なのだが、淫語にもいろいろ種類があるというのはマニアからすれば自明の理で、自分の場合は真性の淫語マニアでもあるので、淫語を使う作品の内容がSかMかなどはどちらでもかまわない。この記事の場合は主に痴女淫語とゴールドマンの強制淫語を例としてあげているが、自分の場合はさらに淫語テキストの朗読もいけるし、それこそ単なる淫語まじりのガールズトークでも興奮できる。要するに淫語が出てくればなんでもいいのである。
そのかわり痴女なら痴女としての完成された淫語が聞きたいし、強制淫語なら女性側を追い詰めて羞恥、戸惑い、諦め、被虐と表情の変化をちゃんと捉えている淫語が聞きたい。
その他、朗読ならやはり鼻濁音の使い方がうまい人がいいし、ガールズトークなら無防備な女性の言葉を聞いてみたい。街行く素人に淫語を言わせるなら生々しさこそ生命線だと思う。

ついでながら言っておくと、真性の淫語マニアというのは、なによりもまして淫語で興奮する人間のことであることは言うまでもないだろう。でもこういうフェチ心は意外と理解されていないようだ。
たとえば「いいセックス」をするために、いろいろ考えつくオプションの一つとして「淫語」というスパイスを使ってよりエロくするというのが大方の認識だろう。
だが真性の淫語マニアというのはそうではない。いいセックスのためにいい淫語があるのではなく、いい淫語が聞きたいから、いいセックスが必要なのだ。
目的と手段が逆なのである。

これは淫語に限ったことではない。フェティシズムやパラフィリアのほとんどがそうであり、だからこそフェチは性倒錯とも言われるのである。
だが自分は思うのである。簡単にフェチだ、性倒錯だと言うけれど、もともとエロの本質というのはそういうところにあるのではないだろうか?
実はエロに対してノーマルだと思っている人も、セックスそのものがエロだと思っている人は少ないのではないか?

もしも単にチンコがマンコに入ることをもってセックスと呼ぶのなら、それは単なる生殖行為でしかない。その場合、セックスの目的はエロスではなく、あくまでも種を残すためのものである。エロと生殖は同じわけではないだろう。
厳しくいえば、子どもを作るため以外にセックスをしてはいけないのである。
しかし、エロは違う。エロは子どもを作る目的で存在する感情ではないだろう。関連はあるが同じものではない。

エロが官能という言葉に置き換えられるなら、まさにエロとは感覚のことである。それはまさに感覚器官を使ってなされる何かということにほかならない。
ならばエロとはチンコとマンコが出会うことではない。性行為そのものというより、そこにまとわりつく感覚や感情なのではないか。それはふだんは心の奥深くに沈殿している澱のようなものだ。ある刺激を受けて、心の水がつまったビーカーが激しく揺さぶられると、とたんに欲情という澱カスが吹き上がって心の隅々まで拡散する。

そんなイメージで、フェチがわかればエロの本質がわかってくるのでないか。それが淫語AVマニュアルをはじめたことの意義でもあった。

これは決して観念的な話ではない。
こちらはこれ以上ないぐらい具体的な「コト」を扱っている。すなわち、AVで実際に話されている会話を抜き出し、さらにそこでいわれているマンコやチンポといった淫語の数をカウントしているのである。
そんなことをやっているヤツは世界中探したって一人もいない。
しかしそんな一見、無意味な数をかぞえていくと、そこには確かになんらかのメカニズムがあることがわかってくる。
そこを追求して面白いと思えたので五年間もつづけられたのである。 しかも自分にとってはエロそのものを扱っているので冷静に数をかぞえるのも一苦労なのである。油断するとオナニーをしてしまいそうになる。股間に伸びるその手を思いとどめてAVを観つづけるというのは、非常なタフさを要求されるのである。
これは一種の苦行だ。その先に悟りがあるのかないのかわからないまま、いまだ煩悩にまみれた荒凡夫の姿をさらしつづけているのである。

そういった事例研究の上に、淫語を通してエロを考察していくのが、淫語AVマニュアルであり、このボヤキの小窓であった。

そんな自分が、AVではなく実際の女優さんを使って、淫語とエロについて考えられる機会を得た。相手は映像ではない。生身の女性である。
もちろん相手は仕事でくるわけだが、それでもこちらは淫語研究家である。彼女たちからするとまず聞かれることのないようなおかしな質問をいろいろしていたりする。
その答えを聞いて、自分は一人ほくそ笑んでいるのである。

変態である。
我ながら狂っていると思う。
しかしものすごく愉快なのである。
撮影もそうだが、監督面接なんて楽しくてしょうがない。

しかしだ。
そうなるとやはり映像と生とでは違う。
予想するだけで確認できずにいた様々な仮説が生のやりとりで実証されつつあって、それはそれで大変に満足なのだが、そこからさらに新しい感覚が生じてくる。
どうやらMotheRsに参加することにより、それまでとはまったく違う、まったく新しい地平線から見た、まったく気づけずにいた淫語のエロメカニズムを探り当ててしまったようだ。
実は今年の9月からこれが妙にモヤモヤしていて判然としないのであった。なかなか言語化できずにいたのである。

そこで次回、それを少し書いてみようと思う。いつまでもこれらの問題を幽玄の彼方においておくわけにもいかないだろう。
ただしこれはあまりにもマニアックすぎるので、おそらく大方の人はどうでもいい話である。実はまだ二村さんにも話したことはない。
でもこういうのを書くのが淫語魔なのである。
淫語魔はもともと理屈オヤジなのである。
新しく生まれ変わった淫語魔Ⅱは、さらに輪をかけて理屈オヤジになるのである。

ということで続きは次の記事で。

コメント

俺もエロ事師としてイキてきたんで「エロ」に関してはただならぬ関心があります。

ただ俺のはもっと広い範囲になってしまうのでザックリしていますが。


今度そういうエロについて語りあいたいです♪

麻郎さんのエロはAVの本筋だったんですよね。
前にも話しましたけど、フェチは難しいですよ。
まず他人に話して理解されない。
だからこっちは理論武装するんですけどね。

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