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レビューの書き方を忘れてしまったのか? 

自分はAVレビューで自分語りをしている文章は好きではない。むしろやってはいけないことだとすら思っている。
それなのに書き出しを、「昔、こんなことがあった」とか、「つき合っていた人がどうだった」とか、個人的な事情から起こしてしまうことがある。エッセイならそれでもいいだろう。しかしレビュー(批評)は客観性を担保しなくてはいけないはずである。そして実際、それらの個人的事情はAV作品の中味そのものが知りたい読み手からすればまったくいらない情報なのである。
それでもドキュメンタリーものは、ついついやりがちだ。特にHMJM作品は剣呑である。

今書いている「結城みさのすべて」のレビューもそうだった。
だからいろいろ削った。
でもせっかく書いて、なんかもったいない気もするので、レビューから削った文章をつれづれなるままに、貼り付けてみようと思う。


今年、廃刊したビデオTHEワールドの最終号に「美熟女ドキュメント 結城みさのすべて」のレビューが載っている。興味深いので全文を引用しよう。担当者は中村淳彦。

タートル今田によるVW常連、結城みさの素顔に迫るドキュメント。結城みさは作品をみれば常識のある社会的な人というのは想像つくが、予想通り話はそんなに面白くない。3年前に夫公認でデビュー。AV女優になったキッカケは好奇心で、思い立ったその日に夫と相談。夫は妻のやりたいことを尊重してAV女優業を応援して、その特殊で恵まれた環境が才能を開花させた下地になっているようだ。少女時代、田舎の学生時代の話は極めて一般的。AV女優というアウトサイダーを扱うドキュメントの対象として最も面白みのないタイプで、ファンは生の声を聞いてみたいな説があるが、本当にそうかなと思う。ハマジムはスペックが高くAV女優として成功している女性を撮影して、時代背景も重なってこの数年はインタビューやドキュメントの展開は似たり寄ったり。アウトサイダーと思われている人が実は常識的で一般的な人だったというのは、かつてのAV専門誌の単体インタビューに似ていて、わざわざポジティブに取り組むようなことと思えないんだよね。既に何度も共演したこともある森林が登場して、身内ノリのセックス。その後、今田と元彼と同棲していた横浜の地へ行って思い出を語って、ラブホテルでハメ撮り。旦那が賛成していて家庭は平穏無事という以上人妻が不倫している背徳感もない。モ66興65総65(中村)

「ビデオ・ザ・ワールド2013年6月号」59p 所収 コアマガジン

これを読んだとき、たぶん目にするだろうタートル今田監督はどう思ったのかちょっと慮ったりしたが、その一方で自分はここには犯しやすい問題点が内包されているなぁと思った。
その問題を検討する前に、さきに中村淳彦がいかにこの作品をちゃんとレビューできてないかということを指摘しておく。
たとえば「結城みさは作品をみれば常識のある社会的な人というのは想像つくが、予想通り話はそんなに面白くない」というところであるが、結城みさが自ら語る内容は「世間の常識からかなりかけ離れている」と思う。

結城がこの業界に入るきっかけは、自分からネットで調べて

「検索ワードに、人妻、母乳、求人、みたいな感じで打ったら、パンって、バァーっていっぱい出てきて、じゃーとりあえず話だけでも上から順番に面接していこう」

ということで1番目に出てくる大手のプロダクションに所属を決めることになる。
こんな話が常識的なこととはとても思えない。
また結城の夫は相当なAVマニアで、最初の頃は結城の作品を観てダメ出しをしていたとか、ついには作品に出演して男の潮噴きを見せるとか、そんな夫婦が「常識のある社会的な人」で括られるのには違和感がある。

「たぶん、(男の潮噴きは)私たちにしたら普通の……、普通だったことが、意外とこう(AVのプレイ内容の中でも)レベルの高い位置にいたっていう」

自分は、この夫にネトラレ趣味でもあるんじゃないかと想像するが、いずれにしろどう見ても立派な変態である。
実際にこれらのことを何人かの知り合いに話すと、「えーっ、すごい人がいるんですねぇー」と半ば呆れる感じで驚く。
これが世間一般の感覚というものだろう。

「ファンは生の声を聞いてみたいな説があるが、本当にそうかなと思う。ハマジムはスペックが高くAV女優として成功している女性を撮影して、時代背景も重なってこの数年はインタビューやドキュメントの展開は似たり寄ったり」

こここそ作品の肝なわけで、この作品は「ファンは生の声を聞いてみたい」が前提の作品である。だからこそ「結城みさのすべて」というタイトルになるわけで、タイトルや作品のねらいを無視して、ただ自分にとって「面白くなかった」ということだけで内容を否定してはいかんだろう。むしろ中村淳彦自身が「AV女優の不幸を売りにする」ということでもって括られ批判されてきたわけで、なんだよ、不当な批判をする連中とやっていることは一緒じゃないかよってつっこみを入れたくなるのだが、まあ、そのことも自分からすればいつものことなのであえて問題にはしない。

自分は「中村淳彦」の才能を高く買っているが、彼のAVレビューはあんまり信用していない。それは彼の感覚が一般的な常識から乖離していると思うからだ。
だがその世間的な感覚のズレが逆に『名前のない女たち』のような傑作を書かせたわけで、そのことをもって直ちに彼の欠点だとは思わない。むしろライターとしては優れた資質の1つであるとすら思う。その証拠にAVライターで彼のようにAVのことを扱った単著でベストセラーを出した人はいない。それはまったく彼の才能によるところが大きい。

自分は結城みさのファンである。
彼女に最初に会ったとき、自分はこれ以上無いぐらい舞い上がり、握手を求め、サインをしてもらい、夢中になって話した。
もちろん業界に入る前からファンだった女優は幾人もいる。だが彼女ぐらい毎回会っておきながら常にドキドキし、さらに気安い気持ちで「みさ」とか「みさみさ」とか呼ぶことができない女優さんは、ほかにいない。
どうやら彼女が引退するまでその態度はかわらなそうだ。

そんな彼女と撮影で2人っきりになることがあった。
ホテルの一室で長い時間スタッフを待っていたのだが、そのとき自分はたまたまこの「結城みさのすべて」を持っていた。こんなチャンスは滅多にない。
2人で見ながら時折、その時の状況を聞く。なんと贅沢な鑑賞法だろう。他に誰もいない。結城みさと自分だけである。
途中、出てくる目隠しした2人の男優を使うゲームでは、「このとき森林君がどうだった」とか、「中野君はそれに対してどうだった」とか、笑いながらその模様を話してくれた。

i00007.jpg

この作品は、純粋に結城みさのファンが楽しむビデオである。
それが第一義だ。
そしてAVというのは、まぎれもなくAV女優のファンが支えている。その女優が好きだから買う人が圧倒的に多い。自分のようなパラフィリアな企画買いの人間はむしろ少数なのである。いや、そんな自分でもやはり女優買いするときはある。

「結局、自分がいちばん買っている作品って、結城さんなんですよね」
そう、気がついてみれば自分のような「淫語縛り」の人間ですら、特定の女優で買うことがあるのだ。
それはおそらく自分だけではないだろう。そのジャンルにはその申し子のような女優さんがいて、その女優さんだから買うという人も多くいるのである。
淫語がうまい女優さんは淫語ビデオでなくても淫語を言う可能性が高い。そういうビデオで、淫語がチョロッと出るくるだけでいつも以上に興奮したりする。そういうこともあるので、多少自分の嗜好に合わない作品でも、ファンだから買うし、ファンだから楽しめたりするものだ。

つまりAVの大抵のユーザーは女優買いをする人たちなのである。
そして自分は結城みさのファンなのだから「結城みさのすべて」を見て十分、楽しめた。
そしてもう一つ楽しめるポイントはありそうだ。それはタートル今田ならではの熟女優の転がし方だ。この作品は立派な熟女モノの萌えポイントを含んだ作品なのである。


と、まあ、こんな風に「結城みさのすべて」レビューを書き出したんだが、迷路に入ってしまった。要は独りよがりで、饒舌すぎて、酷い。結局ばっさりと切ってしまった。
久しぶりにレビューを書くとこんなことになるのである。
いやー、昔の自分は本当にすごかったなぁ。

※これなんか動画まで載っける手の込みよう。
「名前のない女たち」AVレビュー

なにもんなんだ、自分。

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